高橋清隆(神奈川県在住)
屈従に必要な口実
圧倒的な力で何かを要求されたとき、人は安易な譲歩をしがちである。これを思いとどまらせるのは、信念か体裁である。衆人環視のもとにおかれた公人は、とくに体裁を気にする。属国路線を進む戦後のわが国には、屈従を合理化する数々の口実が存在してきた。
国力強化を装った亡国の言葉
省益拡大という目くらまし
子孫・消費者の名を借りたおためごかし
わが国は過剰な外貨準備金の大半を米国債でもつ。100兆円を超えるに至った口実にされているのが「国内産業の保護」である。円高の際、為替介入で積み上がったドルで買う。イラク戦争のあった2003年には30兆円も購入した。マスコミはこれを「輸出補助金」と批評するが、わが国の貿易黒字は最も多い年でもせいぜい13兆円台。実態は宗主国上納金である。
食料自給率が低下した末、食料危機が現実味を帯びてきた。WTO(世界貿易機関)が唱え、米国が求めた農業自由化を進めてきた結果である。自国の首を絞めるような政策を受け入れるに当たって、政府が国民に打ったスローガンは「国際競争力の強化」である。食管法を廃止し、補償金をてこに大規模化・法人化を促してきた。この宣伝文句は自由化圧力への疑問を封じ、国内問題にすり替えた。
おまけに2009年度から、政府は休耕田への助成も廃止する方針だ。「食料自給率の向上」がその口実である。非主食米でいいから作ってもらおうとの趣旨だが、離農をさらに増やすだろう。
敗戦時、戦犯容疑者としてGHQに捕らえられた正力松太郎は、放免と引き換えにCIAから日本テレビの設立を提案された。これに乗った正力の言い訳が「思想面での反共の防波堤づくり」である。国民は米国への精神的隷属を深めることになった。そもそも「冷戦」という概念が大国に屈する口実に聞こえる。W.クレオン・スクーセン著『世界の歴史をカネで動かす男たち』(成甲書房)によれば、各地の共産主義政権を支援してきたのは国際金融資本家たちである。
冷戦下で米軍の駐留を正当化した言葉に「番犬」がある。年によって税収の半分も米国債を通じて貢ぎながら、自滅的な政策を次々と呑まされているのが日米関係の実態。弱者の言い訳であることは明白である。
中国や北朝鮮の悪口をまくし立てる自称「保守」論客が好む言葉に「遠交近攻」がある。これも口実のにおいがする。分断統治は支配の鉄則だからだ。
現在、道路特定財源の一般化についての議論が活発だが、これを財務省の省益拡大と揶揄する論評が目につく。国交省から権限を取り上げる思惑との理解である。しかし、一般財源化の真意は、国際金融資本のために地域間の不均衡を促し、破綻自治体をつくることにある。すでに米国の保証会社が財務体質の悪い自治体を勧誘して回っている。財務官僚もマスコミも、この屈辱的な大問題にかかわりたくないため、省庁間の権益争いとみなすことで心の平穏を保つ。
現在、総務省内で「情報通信省」構想が姿を現しつつある。通信と放送の融合を進めるため、縦割りの関係にある通信行政を「コンテンツ」「プラットフォーム」「レイヤー」の3レイヤー(階層)へ横割りに再編しようとするものである。この事態を告発する記事は「権益拡大を狙った総務省のしたたかな戦略」と評する。当の総務官僚も張り切って組織の拡大に奔走しているらしいが、わたしには口実にしか聞こえない。通信と放送の融合は、外資メディアがわが国の放送業を侵略するために要求しているからである。
通信行政の再編は竹中平蔵氏が総務相在任中に私的諮問機関を使って提言させたのが発端で、在日米国商工会議所の『ACCJビジネス白書』や米政府の『年次改革要望書』などにはインターネットによる番組配信を求める記述がある。日本の放送番組をネット上に引きずり出し、有料配信してぼろもうけたいのだろう。
内側にいる裏切り者に誘因をもたせるのは侵略の常とう。「省益拡大」という言葉は、外圧に屈するみじめさを忘れさせてくれる。
防衛省の誕生も、外圧がそそのかした「省益拡大」の露骨な例である。庁から省への昇格で、自衛隊の国際協力が本来任務になり、海外派遣に本腰を入れることになった。外国の指揮で血まで流さなくてはならないが、組織が拡大・強化された面だけを見て喜んでいる。
イラク支援を決める際、「北朝鮮との交渉を有利にするため、米国の心証を良くしておいた方がいい」との主張があった。これは米国からの要請を呑むための口実である。北朝鮮に拉致された疑いのある日本人は家族会の発表でも100人に満たないが、米国が要求した構造改革で毎年3万人超が自殺に追い込まれている。
緊縮財政を8年も続けるわが国は、没落の一途をたどる。小泉政権がこの自滅的経済政策を採るに当たって連呼した口実が「子孫への借金を残すな」だった。その結果、有効需要の縮小で税収が減り、国と地方を合わせた長期債務残高は2007年度末時点まで126兆円も膨らんだ。
緊縮財政が外圧からきているのは明白だ。公共事業3%減や社会保障費の切り捨てなどは、経済財政諮問会議を踏まえたもの。同会議は対日要望書に従って郵政民営化や道路公団民営化などを決めてきた。
わが国は財投を含めれば800兆円超の債務があるが、同時に600兆円に迫る金融資産をもつ。「財政再建」「2001年までプライマリーバランスを黒字化」という言葉も、わが国を計画どおり没落させようとする外圧の意に沿う。これらの巧妙なプロパガンダは一体、どこで生まれるのだろうか。
商人の場合、公的使命も求められないから、自己利益のため進んで外圧に屈する者もいる。その場合でも口実が必要だ。
オリックス社長の宮内義彦氏は行政改革委員会規制緩和小委員会と規制改革・民間開放推進会議のトップとして、規制改革を推進してきた。彼はタクシー事業の規制緩和や混合診療の解禁、育児保険の創設や市場化テストなどで自社グループの利益を増大させてきた。いずれも米国の要求項目にあるが、彼の提言理由の十八番は「利用者利便の向上」である。格差問題について「パートタイマーと無職のどちらがいいか、ということ」と吐いた人物の言葉とは思えない。
『年次改革要望書』には、「日本の消費者の利益増大」というよく似た言葉が頻出する。同文書の作成にもかかわる在日米国商工会議所は「ジャパン・ハンド」と呼ばれる知日派集団で、市場開放や規制緩和がいかに日本の利益になるかを消費者や政財界に訴え、内側から改革が進むよう働き掛けてきた。服従のための口実も彼らが授けているのかもしれない。
口実は体裁を守ってくれる。しかし、本末転倒な言い逃れはむしろ、外部に利用されている証しに聞こえる。重要なのは、理屈に惑わされず、屈辱的な力関係が自覚できるかどうかではないか。