10月19日(木)

ジョージ・ソロス氏の「ブッシュ政権批判」の講演(10月16日)を聴いて

稲村公望(元日本郵政公社理事)


 ジョージ・ソロスの講演会が有楽町の外国特派員協会で16日行われた。ソロスは、名だたるヘッジファンドの投資家として巨万の富を得たが、ロンドン大学で、『開かれた社会とその敵』の著者として有名なカールポパーの弟子らしく、最近では、全体主義と闘う慈善事業家としての活動を強め、テロとの戦争を否定して、テロの温床を除去すべく、ブッシュ大統領の批判を続けている。
 『世界秩序の崩壊』と題する新著では、日本の読者に向けて、こう書いている。
 「民主国家の血流となるのは、統治される市民社会が統治する国家を批判し、それに対して公然と意見を公表できる自由である。にもかかわらず、アメリカばかりか日本においてすら、市民社会はいくつかの不気味なぶり返しにさらされつつある」、と。
 また、「好戦的な国粋主義的行動の復活は、世界的な現象となりつつあり、(中略)砦国家群が相互に繋がりあった、深刻な恐怖で結びついたネットワークに取って代わられる危機に瀕している。この荒涼たる世界秩序において日本はキー・プレーヤーになってはならない」と。
 講演では、ブッシュ政権を批判して、冷戦後のアメリカの世界における地位を貶めるものだと攻撃して、国連を創り、マーシャル・プランでヨーロッパの復興を果たした、過去の功績をも無にする好戦的な国家に変化したとも述べた。オープンな民主社会は、常に誤る可能性があり、それを絶えず修正することが民主主義の基本であるとも述べた。市場原理主義に立つ、アメリカの威力と影響力は、泥沼化する中東以外でも衰えつつあるとの認識だ。

 ブッシュのアメリカに追従した政権が終わり、安倍政権となったが、「120パーセント総理の方針に従わなければ、チームには入れない」と自民党幹部がテレビで述べていた。全体主義の言論統制の悪臭をまき散らしている。
 郵政民営化の問題は、アメリカの原理主義に基づいた日本改造の一環で行われたことはもはや定説となったから、ソロスの言葉を借りれば、「アメリカとの二極主義、国家安全保障面でのアメリカの大盤振る舞いへの依存度を減らすには日本はいかなる未来図を想定する必要があるのか、(中略)日本の魂とは何か? についての熟考と討議を急ぎ立てずにはおかない」し、「今日の日本の社会は、(中略)砦社会へと傾いている」のであれば、暴力的な議会運営を正常に戻すためにも、偏狭なナショナリズムを排するためにも、日米構造協議の「成果」としての郵政民営化を含む「改革」の見直しを図ることが喫緊の課題である。単なる復党の問題にとどまらない。

 先日、北陸の白山の麓の町を訪れた。ここで、380世帯の集落の郵便局長が、地元を巻き込んで、郵便配達の改悪に挑戦して、何とか交渉中断に持ち込んだ話を聞いた。北海道の小さな島の郵便局の職員からも、徹底抵抗の話を聞いた。東北の郵便局からは、お金をためることを通じた金融教育の支援をするための「子供郵便局」を16年の3月までに廃止するようにとの郵政公社に対する憤りの情報も寄せられた。部外者はもちろん、職員にも秘密で進めるようにとの「お達し」らしく、大切な文化がまたひとつ壊されようとしているとの嘆きが伝わってきた。
 郵便局の中では、全体主義の用語である「内部統制」なる原理主義の経営理論が導入され、職場が窒息状態になっているとの話も聞いた。郵政公社の建物の地下室に設けられた健康増進のための施設や、柔道や空手、剣道といった武道の練習場が廃止されたとの話も聞いた。戦後の占領軍が、この国古来の武道を禁止したことがあったが、そのようなものだろうと邪推する。批判できるという民主社会の基本条件を壊してしまうのが原理主義であるから、それが民営化を控えた郵政公社の中で実践されつつあるようだ。

 ソロスの講演の翌日に、最近ワシントンに設立された、ニューアメリカという財団の関係者に会った。ブルッキングスやCSISといった既存の研究機関とはまだ比べようもないが、着実に批判勢力としてアメリカの意見を集約発表できる機関として成長しつつあるとのことであった。日本の経済団体は、むしろ逆行した形で、市場原埋主義の経済研究所を、前の総理を長として発足させる趣であるが、日本の国力を、加速的に、アメリカのように低下させることに繋がるのではないだろうか。混乱する世界秩序の中で、均衡ある発展を、日本のリーダーシップで貢献するのであれば、開かれた社会を求める、健全な文化と伝統に裏打ちされた、多元的な議論を許容するニュージャパンのシンタタンクを創るほうがより大切である。

 原理主義に凝り固まったアメリカの国内政治ですら、微妙な変化が見られる。日本では、いち早く原理主義から脱却して、亜流の構造改革論から脱却することが、国際社会で名誉ある地位を占める方法であるから、来年の参議院の選挙では、この国を「拒否できる日本」に変えなければならない。いみじくも前述のアメリカ人は、ブッシュ政権の掌で踊れば踊るほど、日本の存在は矮小化して、もう最近ではワシントンでは見向きもされなくなったと指摘し、むしろ、不安定化する世界の暴走に歯止めをかける役割のほうが日本に期待されているのではないかとも述べた。

 健全な市民社会では、郵政公社の幹部が述べるように、もう民営化が決まったから従えと権威を疑問視しないで崇拝を強いることではなく、現場の意見が上意下達ばかりではなく、上部に達するように自由な意見の交換が行われることが大事である。船乗りであれば、悪天候が予想されるのであれば、引き返す勇気のほうが大切である。成立過程に憲法上の瑕疵があった郵政民営化を、なんとか健全な政治過程の中で見直し、あるいは凍結することが、象徴的にも重要な課題になったように思われる。