[以下は、今井義雄さんから翻訳が寄せられた仏紙『ル・モンド』に掲載された小泉評価の記事です――森田総研HP編集部]
『ル・モンド』2006年9月6日
「自由主義的ポピュリストの小泉は、不平等の増大させて消えていく」
フィリップ・ポン(Philippe Pons)/今井義雄訳
小泉純一郎が権力の座にいた5年半の間、人々は、物事の管理に表れる彼の個人的な衝動に注意を集中していたけれど、後任者問題が曖昧な雰囲気の中で始まった。ほとんど確実に、9月20日、水曜日に、衆議院で多数派の自由民主党は、安倍晋三を党首に選び、自動的に総理大臣にするのだろうが、小泉氏は、10年にわたる不況から脱出した国を残して舞台から去っていく。彼が後継者に遺産として残したものは、半世紀続いた国際的な舞台での内気さから抜け出した日本、今までになかったほどアメリカにベッタリな日本だ。
見かけは、収支決算は黒字だが、しかし、小泉氏は、彼自身が言うように、日本のガリレオだったのだろうか。経済においても、外交でも、どうなるか不確かだが、はっきりしていることは社会的不平等が増大したことと中国や韓国との政治関係の悪化したことだ。これらは立て直しが求められている。
小泉氏は、在任期間が3番目に長続きした首相だ。彼のポピュリズムは、日本人の間に政治に対する趣味を目覚めさせ、外国には、その国の政治家の地味な曖昧さとは異なった非典型的な面を見せた。しかし、スタイルの違いを無視すれば、彼は何をもたらしたのだろうか。彼の任期中の仕事を評価することは、人気の高さを考えると不敬だと控えられてきたが、この国の新聞はそんな疑問を出すようになった。経済界の日刊紙、日経新聞は「多くのことを約束したが、守られず、改革は未完済」と書いた。
小泉以降の日本の不確実さの原因は、言われている彼の後継者、安倍晋三が握ることになる権力だ。辞めていく首相は、鋭い政治的直感とメディアを惹きつける力を利用して、きわめて個人的なスタイルを始めたが、安倍氏が真似すれば、貧弱な代用品にしかなれないだろう。大衆の支持を受けた小泉氏は、彼以前には派閥の均衡が支配していた党に自分の意思を押しつけることができた。自民党は、一枚岩とはほど遠く、政治の動向について合意に達するために協議を続けていた右派から社会民主主義的な左派に至る流れの連合だ。
小泉氏が、2001年4月、権力の座についたとき、1955年以来、政治の世界を支配してきた自由民主党員は、世論の信頼を失う危機に直面していた。デフレを克服できず、社会的不安に対処できないように見えた。小泉氏は、その血気やスローガンで希望を呼び起こし、競争相手を麻痺させた。見世物の政治が議論に勝った。だが、投票に行かなかったような有権者を自民党に引きつけた。
問題を過度に単純化することは、小泉時代の最も悪質な遺産になるだろう。「世論は衝動的に反応し、政治家には世論を方向づけるよりも、世論に従う傾向がある」と自民党元幹事長の加藤紘一氏はコメントする。「小泉氏は、イラク戦争でブッシュがしたように、対立を過激なものにし、独断を押しつけ、政治的論争の幅を狭めた」と政治学者山口二郎氏は評する。
「古い自民党」をぶっ壊すと脅し、小泉氏は巧みに政治闘争を反対党との対立から政権党の内部闘争にすり替えた。改革の旗を振り、反対派を抵抗勢力と名づけ十字架にかけた。
この国のジャーナリズムが「小泉劇場」と名づけたものの幕が下りた。日本風の大統領制を追求しつづけようとして、安倍氏は、艱難な1年の期限までに自党の反乱を引き起こす危険がある。2007年夏に参議院議員の選挙がある。ポピュリストの独演によって傷つけられた自民党の選挙マシーンは、小泉というターボなしでは劣勢になってしまうかもしれない。
小泉改革で選ばれたものは郵政の民営化だった。首相は、一か八かの判断で、2005年9月、時期を早めた選挙をし、楽々と打ち勝った。この改革は10年にわたって続けなければならない。改革が目論んでいた利益をもたらすか確かでないが、自民党のある支持層は離れていった。
10年にわたる景気低迷の後の経済の回復が小泉氏に信用を与えた。彼は、被害を蒙った銀行部門を古い習慣から引き出した。しかし、中国の成長に助けられた成長の回復は改革によるものではなく、企業の功績によるものだ。安倍氏は、この道をたどろうとしている。だが、彼は前任者ほどにはマーガレット・サッチャー風のネオ・リベラリズムによって動かされてはいないようだ。
安倍氏は、「再チャレンジのチャンスをつくる」と言っているように、社会的不平等の増大を考慮に入れなければならないだろう。小泉氏は公共支出をぞんざいに扱い、借金に上限を設定するという約束を守らなかった。競争を促すために規制緩和を促進し、社会的な不平等と地域的不均衡を増大した。個々の分野の利益のために働く政治のロビーのアリ塚を蹴飛ばしたことは、支持者のネットワークを通じて富を再配分していた日本風の社会民主主義に打撃を与えた。
不平等の高まりはアメリカの水準には達していない。しかし、メディアによって、改革の結果だと批判されている。不均衡な成長の回復は、以前からの社会的な約束事を破るものだ。小泉氏は政治的な直感によって、困難な決定をしなくてもすむ間に引退することを決意したのだろう。小泉氏の最後の偉業だ。