2007.2.6(火)

稲村公望(中央大学大学院客員教授)
『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社刊)は誤った政治史の参考書であり「反面教師」である


謹啓 英語による評論発信の反応はいかがでしょうか。情報の国境を越えた自由な流通は、必ず真実を明らかにして、この国の欠落を是正するために役立てられると思います。情報が閉鎖的な国家は衰退に向かい、独裁を生み出しますし、企業であれば、信頼が失われ、投資の対象としてのリスクが増大しますし、単なる粉飾に陥りがちです。最近、ジャーナリストに対して、過度の賠償を求める裁判が一部企業や団体から提出されるケースが増えているように思います。言論の自由の観点からは憂慮される事態です。
 先生のご活躍を祈っております。稲村公望拝                 敬具

 今日は、「今だから話そう」本・記事の読み方の第二弾です。『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』〔日本経済新聞社刊〕です。5年半にわたる、小泉政治の片腕となった著者の本ですから、行間を目をこらして読んで、検証の対象とすべき内容です。天災と見えても、実際は人災であることがままありますが、そのような類の本かもしれません。また、経済学の本というよりは、政治のプロセスが興味深いところですから、誤った政治史の参考書になるのかもしれません。
 第1章では、最初の総理所信表明演説が流れをつくったと書いていますが、筆者もその演説には驚いたことがあります。社会ダーウィニズムが明言され、適者生存のことが述べられ、ああ全体主義が到来するのかと、ワイマール共和国後のドイツの独裁を想像して慨嘆したことがありました。竹中大臣が小泉総理の所信演説の草稿作成に事前の相談を受けたことが明らかにされています。西洋のことわざに、全会一致には、必ず臆病が伴うというのがありますが、全体主義国のマスゲームと同じで、最初の内閣支持率が81%だったというのは、振り返れば、熱狂の時代でした。
 第2章は、「金融改革の真実」との題で、副題は“不良債権の重荷”となっています。不良債権の処理をするのは、銀行の預金保護のために税金を使うことを少なくするためで、不良債権を処理しても景気が良くなるわけではないのですが、小泉・竹中政治は、不良債権処理を第一の優先課題としたようです。デフレ対策の最大の課題が不良債権問題であると考えていたようです。この点に関しては、リチャード・クー氏による、陰と陽の経済学が、出版されましたので、読み比べることが必要です。竹中大臣は一貫して、サプライサイドの問題としていますが、日本の現実はどうだったのかと、考えさせられます。木村剛氏との関係を、自ら「劇薬」コンビと名づけているところも興味深く、りそな銀行、足利銀行、ダイエー問題、バブル後最安値の株価などなど、バランスシートの調整と「一体」となった解決方式の是非については、今後とも詳細な検証が必要です。本末転倒ではなかったのかと。
 第3章は「『郵政民営化』の真実」。2003年6月25日、赤坂プリンスホテルの中華レストランで、就任2カ月後の、生田郵政公社総裁に、「生田さん、あなたは最初で最後の郵政公社総裁になる。そう、最初で最後だ!」と小泉総理が言ったとのくだりは、初耳でした。秘密の側近グループをつくって「ゲリラ部隊」と呼んでいる。諮問会議は、アイデアを出す場というよりは、作業部隊でつくった案をオーソライズする場だと割り切る必要が合ったとも述べています。諮問会議の議論を遅らせて、内輪のグループで案を一気に練り上げるべく議論を重ねたとあります。内輪のグループの人名は、数名のほか公表していません。
 これは行政の透明性にかかわることです。諮問会議で、麻生総務大臣と生田総裁が、分社化、金融業法と保険法の適用、監視組織の、竹中氏の考えるボトムラインを容易に受け入れないのではないかと考えていたといいます。全面対立を避けながら、譲ることもしないで、骨子をまとめるために、総務大臣と共同会見をしたとのくだりは興味深く、官邸の別室に秘書官を置いていて、修正済みの骨子を準備したとの作戦を明らかにしています。はかられた当時の麻生総務大臣は、この記述をどう読むでしょうか。
 9月7日の午後に郵政民営化の基本方針が諮問会議で決定されますが、それに先立ち、小泉総理は、総務大臣を呼び出し、午後には、生田総裁と会談を行い、生田総裁は4分社化等に同意したと発表しています。
 政府広報の責任者が、パーティーの席上で、生田総裁などは、つべこべ言わないで、総理の言うことをはいはいと聞けばいいのだ、反対なら辞めればいいとの立ち話を聞き、総裁に同情したことを思い出す。(党の了解がないまま)閣議決定する、と総理が述べたとも記されています。これは議院内閣制の否定ではないのか。  後の政治過程の記述は、新味はなく、他の本でもむしろ独裁的手法がいろいろ語られている。西川郵政会社社長の就任を直接働きかけたことや、承継計画の骨子、すなわち、人員と資産の配分を小泉総理在任中に決めておきたかったと吐露しています。いま、全国の郵便局ではヒトの振り分けや、過疎地切り捨てが行われており、民営化前の残酷物語が発生しています。
 第4章は、「財政諮問会議の真実」というタイトルですが、要すれば、財政諮問会議で、税制や地方制度について党からの実質権限を剥奪して決定しようとしたとの議論です。政治に責任を負わない学者や経済界のリーダーが、国の基本について決定していくという危険についての反省は微塵も見られません。
 終章は、「日本経済二つの道」と題して、インフレ目標論に立った、デフレ克服論を展開しています。一方で利上げに反対する論はいかなる真意か。マネーの海外流出と還流についてはどう考えているのか。「政策は民主主義の政治プロセスで決められる」という事実に言及していますが、時代のあだ花であったホリエモンなどをどう評価するのか。ゼーリック氏からの書簡も私的な通信だと一蹴するばかりで、日米構造協議の報告書もそれまで読まなかったといいながら、十数回にわたる米国側との接触についてはまったく触れられていません。
 今後は、健全な政策ウオッチを行っていきたいという。肝心のことには、守秘義務をたてに語られていないようであるが、反面教師とすべき本として、まとまっている。小泉・竹中政治の残骸を1日も早く除去するために、専門家の手で内容分析が行われることが期待される。とくに郵政民営化部分にについては、10月には実施予定だけに、検討を早めて行う必要がある。
 ウオッチされるべきは、竹中教授を含む構造改革推進論チルドレンの動きである。春の地方統一選挙と夏の国政選挙では、冷静な経済政策論を展開して、政策転換が行われ、過激な市場原理主義に終止符が打たれ、この国の再生を期待したい。