「憂国の士の論説コーナー」開設にあたって(森田実)  最近、マスコミは政治権力と癒着し、政権の宣伝広報機関と化し、筋を通す憂国の士の言論を排除するようになりました。マスコミは言論の自由を放棄してしまったのです。このため、多くの憂国の士の自由な言論が国民の皆さんに伝えられていません。そこで、憂国の士の論説を読者の皆さんに知っていただくため、森田総研ホームページに「憂国の士の論説コーナー」を設けることにしました。自由なご意見をお寄せください。



2006.9.28

[水産業の復活のため日夜奮闘している水産業のオピニオンリーダー・須能邦雄さんの最新の論説を紹介します――森田実]

須能邦雄(石巻魚市場社長)
「水産業の復活に向けて」(2006年9月21日)


1.はじめに

 平成13年にわが国で初めて水産基本法が制定され、それにもとづき水産基本計画が策定され、5年後の見直しとして今年全国各地で意見交換会が開催されることとなった。
 基本理念は資源の持続的利用により国民への水産物の安定供給と業界の健全経営の発展を目指し、具体策として自給率55% (平成11年)を65%(平成24年)に上げるよう各施策を計画的に実 施するのが本計画の目的である。
 本計画見直しに際し私見を述べたい。



2.平成元年以降の推移

    【海面漁業・養殖業】     【水産加工業】
         生産高   生産額 経営体数   生産高
 平成元年 1200万トン  2.5兆円 2万5000社 750万トン
6年 800万トン 2.2兆円 1万6000社 620万トン
11年 660万トン 1.9兆円 1万5000社 510万トン
16年 580万トン 1.5兆円 1万1000社 210万トン

 米国が昭和52年(1977年)に200海里を世界で初めて宣言し、その後遂次世界各国が同調した結果、遠洋漁業国の日本はその影響を強く受け、昭和69年の生産高1300万トンをピークに漸減し、平成に入ってからの推移は上記のとおりである。
 その結果、自給率は113%(昭和57年)をピークとして現在は55%(平成16年)の低水準であり、水産加工業の経営体もかつての半数以下の水準となってしまった。
 とくに水産加工業の生産高の落ち込みは大きく、一定量の生鮮出荷分を差し引いた残り分が原材料であり、その不足の実態を明確に示している。



3.水産業に対する社会的環境の変化

(1)食糧不足時代から飽食の時代に
 大量生産、大量消費(PRODUCT OUT)の時代から、多品種少量、市場重視(MARKET IN)の時代にかわった。
 このことは従来の川上から川下への視点をいつの間にか川下から川上を観ることに変化したにもかかわららず、その逆転現象に気づかないことが多い。
 家庭の食卓の風景も大家族から核家族化し、共食から個食化が進み、調理の機会も少なくなり、中食・外食が増えている。
 また、貿易の自由化により蓄肉の輸入は加工食品の多品種化を促し、店頭での商品は値頃感が非常に重要な要因となったため、価格形成力における量販店側の力が強大化し、納入価格を実情に関係なく強要するため、生産リスクはより川上へとなってしまった。また、中食・外食の進展は商品の標準化・画一化・均質化となり、ひいては陳腐化から旬を忘れ食文化崩壊へとつながることが危惧される。
(2)水産物の国際評価と国内評価
 BSEや鳥インフルエンザにより西欧中心に魚食ブームとなり、さらに魚の機能性(EPA、DHA等)も高く評価され需要が増加している。
 中国は経済発展により高級料理である海鮮料理の人気も高く、輸出向け加工ばかりでなく国内消費向けの需要増から世界の加工原料が集中している。かつて魚の輸出市場は日本であったが、加工用の大衆魚はともかくも高紙魚も日本が買い負ける状況になってきた。
(3)食とは
 食は「人を良くする」と書くがごとく非常に重要なものであり、単に口に入れる餌とは違うとの認識を改めて訴えたい。
 世界的に評価されている日本型食事(米・魚・野菜)は日本では当たり前のためその重要性が忘れがちである。
 「食は国家の鏡」とも言われるように、意識してその良さを喚起しなければ国民も国家も健康を損なう。
 自給率の高水準維持は国家の力量であり、第一次産業は国土保全・環境保全にとってきわめて重要であり、このような考えが国民の郷土愛を育み愛国心が芽生えるもとである。



4.今後に向けての展望

(A)総論として――水産業の基本概念の確認
 (1)水産業とは
 獲る(漁業)、育てる(養殖業)→売る(流通業)→食べる(食文化・食育)に至る総合産業である。  しかし戦後、水産庁(昭和23年発足)は食糧供給への強い使命感から、まず漁獲することを最優先課題としたため、漁業イコール水産業との考えでいたと思われる。
 現実に大洋漁業(株)と日本水産(株)の事業領域はほとんど変わっていないので一般的に違和感なく同一視してきた。
 (2)水産庁とは
 しかしながら水産業と漁業とはその領域は大きく異なるにもかかわらず、水産庁の組織はほとんど発足当時と変化なく、加工・流通・消費の専門分野が極端に少ないため、水産業の健全な発展を阻害している。
 平成13年に水産基本法を制定したので、それ以降は「水産白書」、それ以前は「漁業白書」であったことからも漁業と水産業の違いを正確に認識をしないまま経過したと言える。
 したがって水産庁の体制は川上重視で川中・川下への配慮がなく、社会的動向ともズレていることを再認織の上、組織改編・施策立案を考えてもらいたい。

(B)各論の前に――熟慮願いたいこと
 (1) 200海里内の資源の国家主権宣言をすること。
 海洋資源は無主物であり、誰でも獲って良い時代は終わった。
 世界に対して200海里内資源を日本のものと宣言したが、同時に国民に対して主権宣言を明確にし、資源の有効利用と保存管理にも国民の権利義務が発生することを認知させねばならない。
 (2)主要魚種の当初TAC決定過程の誤りについて反省
 日本では約100年にわたる沿岸、沖合の海洋資源の研究が、国・県のレベルで実施されてきた。しかし当初TACの設定は残念ながら最近年の平均値より算出した。IWCで科学的議論を最重要視しているわが国として納得しがたい。
 公的にケジメをつけ、現場の声も反映させ、たとえばアメリカのRC方式を基礎に日本の知恵を出す制度の確立を望む。
 (3)TAC制度に見合った適正規模化
 TAC制度は出口規制であるから、入口規制である許可隻数は必要なしとの考えもあるが、日本は伝統的に許可制度であり経済性・社会性からその複合型を指向せざるを得ない。
 しかし資源量・漁獲性能・加工原料への依存等関係するものが多く難しいが、適正規模を算出し計画的に整備改善し、各種事業が単発的なため相乗効果の上がらぬことのないようにしなければならない。
 日本周辺は地理学的条件から世界的好漁場が常に形成されるところであり、豊饒の海の復活を日指し、資源再生産計画と併せて総合的な水産業の整備計画も策定顛いたい。
 その際休漁のための保障や原料不足に対する加工業者等への転換融資援助など、水産業(獲る・造る・売る)全体への配慮ある施策を望む。

(C)各論に寄せて――水産業の復活が地方の活性化である
 (1)賢者は歴史に学ぶ――秋田のハタハタ復活
 資源が枯渇すれば観光の目玉がなくなる。伝統料理が消え地元の誇りが消滅してしまう。このような市民にとって重大な「さかな」を漁業者のみに任せてよいのか、との声が高まり、資源回復への市民の強い関心から大きな支援運動となり、自主的に3年間禁漁した結果、壊滅的な資源状況から完全復活が実現できた。
 すなわち「さかな」は漁業問題でなく、観光業者も含めた水産業界の問題であり、地域の文化につながる大きな問題であることの認識を教えてくれた。
 (2)特定第三種漁港都市における商工会議所の連携運動への支援
 水産都市の連携強化を考えたとき、全産業と市民を包含している既存の組織が地元商工会議所であり、各地域で組織内運動とその全国的連携にふさわしいものの代表格として特定第三種漁港都市を選んだ。
 特定第三種漁港都市(八戸・気仙沼・石巻・塩釜・銚子・三崎・焼津・下関・境港・浜田・博多・長崎・枕崎)の主要産業は水産業であり、その事業領域は幅広く、雇用面での貢献度は高く、水産業の景況が市の活力の原動力と言っても過言ではない。
 したがって自立自尊の精神のもと、地元水産関連産業界の総力を揚げ、市民の協力も得た活性化案を立案し、名実ともに水産都市であるとの自覚を持ち、各都市間でのアイデアを競い合い、協力連携を進める。
 食卓の風景の変化に追従するのではなく、本来食事とは団欒を含む心の豊かさをも兼ねる場所であり、それを支える対面販売の小売店が生存できるよう地域の賢い消費者を育てなければならない。
 量販店に対抗する小売店の存続のため、積極的なソフト、ハードの支援が必要である。

 戦後60年が過ぎた現在、行政は業界の自立支援を基本姿勢に徹すべきと考える。資源再生産計画を立てて安心して投資できる状況をつくり、新規参入の希望者が出て業界が活性化するよう指導願う。
 また、新規参入希望者と地元の既存業者の協力により、地域財産である水産資源の活用をはかるよう調整する。さらに地域内の水産業者間の調整により、価値の最大化や対象魚種に対する漁業種類間の調整は行政の重要な任務である。
 (3)「足らざるを憂えず、等しからざるを憂える」(鈴木善幸水産翁の座右の銘)
 足るを知り自分の持っているものの良さを最大に活用すること。
 一方、水産関係者と市民の知恵が最大に活用できなかったらこんな不幸なことはない、と私は解釈する。
 主要な水産都市間で競い合い、連携して自己実現に向け努力するとともに、「海の恵みは漁業者のみのものではなく、それを扱う水産業者全員のものであり、等しく協調し、水産資源の価値の最大化を目指せ」との水産翁の声が聞こえる。