2008.3.15
森田実氏の新著を読んで

森田実著『脱アメリカで日本は必ず甦る』を読んで(3)



 話は佳境へと入り、第5章へと進む。
 森田氏は端的に断じる。「アメリカ金融資本に食い尽くされた日本経済」と。これ以上に、今日の日本経済を穿った寸言はないであろう。
 同氏は、本著のまとめとして、「植民地的従属国」日本の今までの有り様を次のように概説する。
 《第二次大戦後の日本は、事実上アメリカの従属国だった。アメリカは数年間の占領のあと、1951(昭和26)年9月のサンフランシスコ講和条約によって日本に形式的な独立を与えたが、しかし、同じサンフランシスコにおいて日米安保条約を日本政府に強要して締結させ、完全な独立は許さなかった。
 第二次世界大戦後、アメリカ政府は、軍事的には日本をアジア地域における米軍基地として使用してきた。政治的には、日本政府はアメリカ政府の目下の同盟者としての役割を課せられてきた。経済的には、1970年代まではアメリカのマーケットとして利用された。1980年代以後は、日本国民の労働の成果として高度成長によって蓄積された巨額の貯蓄が、アメリカ政府の膨大な財政赤字の穴埋めのために使われたのである。
 戦後62年間、日本はアメリカの事実上の植民地的従属国だった。最近の日本政府は、自ら積極的にアメリカ政府の尖兵となり、アメリカ政府のための政治を行った。典型的なのが小泉純一郎政権だった。
 この小泉政権を中央官庁の官僚、経済界、マスコミ、学界、宗教団体が応援した。気がついてみれば、日本の従米化は政界だけでなく、官界、経済界、マスコミ界、学界のすべてに行きわたっていたのだ。そして知識層までが、独立国として生きたいとの意識を失った。日本国民は精神的にもアメリカの従属国の国民となったのである。》

 これが、戦後日本の「実相」である。この厳然とした歴史的事実に私は心の“痛み”を感じる。
 このような現状を打破する政治的な展望を、森田氏は「今こそ、日本のガンディーのような政治家の登場を」と訴える。将来の野党連立政権について、彼は次のように書いた。
 《民主・社会・国民新三連立政権において注目すべきは国民新党の存在意味である。綿貫民輔代表、亀井静香代表代行、亀井久興幹事長の三氏こそ、日本のガンディー(インド独立の父)の役割を果たすことのできる政治家である。
 この3人の「日本のガンディー」が新政権の中心に入れば、政権の芯ができる。魂ができる。日本が独立国に向かって飛躍する基礎ができる。多くの有権者が「日本の独立」を重視すれば、国民新党に飛躍のチャンスは生まれる。》 
 森田氏は、地方・地域のリーダーには、強い嫌米意識が広がっている、と見る。この地方の力、とりわけ“道徳力”で、中央や日本全体を変えるべきだ、と同氏は考える。
 そのとき参考となるのが、ガンディーの精神である。とりわけ、「抵抗するな。屈服するな」の精神こそが、「脱アメリカ」の近道だ、と森田氏は訴える。
 まさに野党が与党になり、下野した政党が次の政権を狙う。これを繰り返すことによって政権が国民の意識に近づく、従米国家から独立国家への脱皮は平和的に行うべきである、と同氏は断ずる。
 この平和的な手法の源となるのが、ガンディー的手法である。森田氏が力説することは、「脱アメリカ」への道は、ガンディー的手法で行こう!ということである。
 この彼の思いは、「無抵抗の抵抗」で成功した砂川米軍基地拡張反対運動という、同氏の若き日の“成功体験”にもとづいている。
 1956年10月13日、若き森田氏は、当時の運動の指導者的存在だった清水幾太郎氏(学習院大学教授)からの依頼を受け、3000人の全学連の指導者として農民たちを守り抜く使命を負った。彼は、同志一人一人に、俵を渡して腹に巻くよう指示した。警官隊は棍棒で激しく腹を突いた。そのとき、学生運動の一部の幹部からは「棒を持って戦うべきだ」との激しい意見が出されたが、森田氏は拒否して言った――「無抵抗の抵抗を実行する。ガンディー主義でいく」と。
 砂川闘争は雨の中の流血事件となったが、学生たちの無抵抗の抵抗は国民の支持を得た。時の鳩山一郎内閣は、アメリカと約束していた砂川町の米軍基地拡張を断念した。砂川闘争は、政府側の敗北、反体制運動側の勝利に終わった。これは、反体制側が政府とがっぷり正攻法で戦って得た唯一の勝利だった。
当時、私は小学生だったが、映画を観ると、よくニュースをやっていた。子供心に、砂川闘争の農民の姿に同情を禁じ得ず、“頑張れ!”と心の中で叫んでいたことを思い出す。

 ところで、当時の清水幾太郎氏氏は、なぜ森田氏を指導者に選んだのだろうか? それは、ひとへに清水氏が若き森田氏の「胆力」と人望、とりわけ彼の「非暴力主義」を信じたからではなかろうか。
 私は、後年の清水氏の謦咳(けいがい)に接した者の一人として、清水先生の“人物を見抜く眼力”の確かさを感じる。清水先生の洞察力の深さは、われわれ凡人の思い及ばぬものがあった。目下、森田氏が、当時の清水先生の役割を果たしておられると思うのだ。
 森田氏は、この砂川米軍基地反対運動の先頭に立って以来、戦後の歴史を知る者がこの世にいる間に、“日本を独立国に戻すことができないか”とずっと考えていたと言う。彼は今、「その時」が来たと確信しているのだ。
 その実を上げるために、彼の信念を述べれば、第一に、「脱アメリカ」には、「“無抵抗の抵抗”のガンディ―主義」が有効であるということ。第二に、この柔軟な政治路線を今後の日本の政治運営の基礎にすべきである、ということである。
 さらに、付言するものがあるとすれば、それは、石橋湛山(元首相)の「小日本主義」に学べ、ということだ。森田氏の思いは、政治家の生き方はガンディー、日本の針路は石橋湛山を規範にすべきだというものだ。彼は、次のように明言する。
 《石橋の「小日本主義」の理念とガンディーの「無抵抗の抵抗」「抵抗するな・屈服するな」の思想とを結合することによって「脱アメリカ・政権交代」後の日本の行
き方を新たに再構築すべきだと思う。》
 これが、森田氏の考える現状解決のための有効な“処方箋”だと言える。私も、ガンディーと石橋湛山の思想を学ぶ研究者の一人として、まったく同感である。要は、両思想の深い理解と、その具体化だろう。  

 終章は、テーマが政治から経済へと変わる。その見出しは、「構造改革中心」から「不況対策中心」に切り換えよ、というものだ。
 森田氏は、今年見舞うであろう“不況”の厳しさについて心から案じている。この予想される状況について、彼はこう語る。
 《2008年、重度の不況が到来する恐れがある。私の経済見通しでは、2008年、未曾有の「不況」が世界と日本を襲う可能性が高い。
 政府の役割は、この「不況」から企業と国民生活を守ることである。政府は全力をあげて国民経済を守り、困難に陥った企業を助け、国民の生活を救う必要がある。》
 このために、同氏は、「真水で10兆円、事業規模で50兆円、国債を発行し、内需を拡大せよ」と訴える。  とくに森田氏が強調することは、「中小零細企業の再生」である。彼に言わせれば、中小零細企業の再生なしに日本の再建はない。中小零細企業全体を蘇生させるためには、金融・財政政策全体を変え、中小零細企業を守るために政府の力を総結集する必要がある。とくに、地域の中小零細企業への支援において、とくに重要なのは商工会議所と商工会の役割である。行政機関だけでなく、全国民が商工会を重視し、商工会を支援すべきなのである。
 実際に日本の隅々を歩き、各界のさまざまな人々に耳を傾けてきた森田氏ならでは言えない貴重な提言である。とりわけ、日頃から彼が力説する「商工会を重視し、商工会を支援すべきである」との言葉には、深く耳を傾けるべきであろう。なぜなら、地域の産業や繁栄を支えているのは、まさに商工会の人々だからである。  森田氏の見立てでは、今年から来年にかけて、世界資本主義の流れは変わる。
 新自由主義の時代が終わり、修正資本主義の流れに立つ調和型の資本主義が復活する。そして、公共事業が正当な評価を得るようになり、中流階層に重点を置く経済政策に変わる。さらに自由競争主義により切り捨てられた完全雇用政策、社会福祉、公共事業が復活する。これによって国民経済を景気上昇軌道に乗せ、国民生活を豊かにさせる。この政策は、国民経済を繁栄させることを通じて財政赤字を克服する政策なのである。
 そのためには“急がば回れ”で、「完全雇用」こそ財政再建への道であることを深く認識し、それを実行することである。森田氏の考えでは、田園再生の公共事業が地方復活の道なのである。本書の最後の部分で、彼は次のように記す。
 《繰り返し言う。地方の再生が急務である。徳富蘆花は「国家の実力は地方に存する」と言ったが、まさに至言である。地方が繁栄して初めて国は安定する。東京一極集中では日本の国は安定しない。政治がとくに大切にすべきは地方である。田園再生のための公共事業が地方に雇用を促進し安定ざせる。これによって地方再生への第一歩を踏み出すことができる。
 経済を再生させ、国民生活を豊かにし、多くの国民が税金を納めるような状況をつくり出すことが財政再建の本道である。経済成長による国民生活向上と財政再建とを両立させる「調和政策」をとることが必要である。
 とくに緊急に必要なことは、何度も繰り返すが、経済・財政政策を大転換することだ。とりわけ地方への投資を増やす必要がある。重点とすべきは食糧自給率を高めるための農業への投資と、地球温暖化を止めるための自然環境整備対策である。》

 中小零細企業主や、農業、漁業といった第一次産業従事者、とりわけ地方に住む人々に対する森田氏の目は常に温かい。それは彼が、蘆花の言う「国家の実力は地方に存する」と心から実感しているせいであろう。だが基本は、同氏の、人に対する人間愛と同胞や日本国に対する無上の愛国心に基づいているとは言えまいか。
   換言すれば、森田氏の思想と行動の原点は、人に対する愛であり、慈悲であると思う。それゆえに彼は、ガンディーの非暴力主義や石橋湛山の「小日本主義」の重要性を力説するのだと思うのだ。なぜなら、ガンディーや湛山の思想の根底にあるのも、究極的には愛であり、慈悲の精神だと思えるからだ。何より、両者には、自分よりは神、また自分よりは他者や国家という思いがあった。
 これと対峙する考えが、“すべては自分のために”という自己本位な考えだろう。それに加えて、“すべては金(カネ)だ”という思いではあるまいか。この自己本位と「お金至上主義」がはびこる現代日本に対する批判精神が、本著の原点になっているようにも思う。それゆえ彼は、地方にある“道徳力”の発現を期待していると思うのだ。  

 私事だが、本稿を脱稿したのは3月10日の夜だった。つまり、あの東京大空襲の日から63年目の夜に、私は、本稿にピリオドを打った。そして、その夜、気になっていた作品、TBS系のテレビ番組『シリーズ激動の昭和/3月10日・東京大空襲、語られなかった33枚の真実』を観た。新聞の解説には次のようにあった。
 《一晩で10万人ともいわれる死者を出した1945年3月10日の東京大空襲。その様子を地上から撮影した石川光陽さんを主人公にしたドラマを軸に、ドキュメンタリー部分と併せて東京大空襲の知られざる真実に迫る。東京大空襲の直後の惨状を現代に残した地上からの写真は33枚しかない。撮影したのは、警視庁警察官の石川だった。一般市民はもちろん、報道機関も“防諜(ぼうちょう)”を理由に撮影を禁止される中、警務課写真係だった石川は、坂警視総監から特命を受ける。記録を後世に残せ、というものだった。》(3月10日付熊本日日新聞夕刊)
 命からがら逃げた生存者の一人(女性)が「人々が生きたまま焼かれた」と語るように、それはまさに地獄の惨状だった。この有様を激写した石川光陽氏(当時41歳)は、自ら撮った33枚の写真を“真実”後世に残す必要性を思い、自らの生命を賭してGHQの手から守った。米軍将校も、彼の気迫と覚悟に負け、写真は没収を免れた。石川氏こそ、日本の“サムライ”であり“真の日本人”だった。
 ところで、私は母から焼夷弾の話は聞いていたが、それがあれほど威力のあるものだとは想像だにしなかった。それが、まるで雨や嵐のように降り注いだのである。正直、私は、落涙を禁じ得なかった。一緒に観ていた妻が、ふとつぶやいた。「アメリカはやっぱり悪魔の国ね」と。私も、まったく同感だった。
 B29機のパイロットたちは、任務の遂行と“アメリカは正義だ”との確信のもとに、当日の未明、無数の焼夷弾を東京の下町に投下したのである。しかも、これとまったく同じようなことが近年、イラクやアフガニスタンでも起こった。
 実は、この油性の焼夷弾を開発したのはスタンダード石油、つまりロックフェラーである。ロックフェラーは、この開発で巨万の富を得た。そして、この焼夷弾は、ベトナム戦争ではナパーム弾として進化(?)し、イラク戦争ではクラスター爆弾としてその“悪魔性”に磨きをかけた。
 この無差別爆撃を考案し、指揮したのがカーティス・E・ルメイ(当時、少将)である。彼は、兵士に超低空飛行での焼夷弾投下を命じると同時に、一機だけ高度1万メートルの上空を飛ばせ、乗務員に東京の燃え具合を一時間おきにスケッチさせた。全戦闘機の帰還後、そのスケッチをみて、彼は、ご満悦だったという。 “これで、オレの昇進も確実になった”ぐらい思ったことだろう。ルメイはその程度の男だったと思うのだ。 その彼の指導で、その後の日本全土の爆撃、さらには広島・長崎への原爆投下が遂行されたのである。この彼の顔を観て、妻がもう一言、つぶやいた。「この人、死んだあとは地獄に真っ逆さまね」と。
 この彼を、チャーリー・チャップリンは『殺人狂時代』で徹底的に糾弾した。そのためチャップリンはアメリカを追放される身となった。だが、この勇気あるチャップリンとは異なり、三人の日本人は、なんとルメイ将軍に勲一等旭日大綬章を与えたのだ。叙勲の理由は、「航空自衛隊の創設に貢献した」という理由である。  その三人とは、佐藤栄作(当時の総理大臣)、源田実(当時の参議院議員)、そして、小泉純也(当時の防衛庁長官)である。 
 まさに、この叙勲こそ、宗主国アメリカに対する従属国の“服属行為”の象徴と言えるものではなかっただろうか。私の心の中では、小泉純也のこの許しがたい大愚行が、彼の息子・小泉純一郎がブッシュ夫妻の前でプレスリーの真似をして、ふざけ興じた狂態へとつながるのである。こんな愚劣極まりない人物をちやほやしたり英雄視する日本国民の何と愚かなことか!
 アメリカが日本人に植えつけたもの――それは“恐怖心”だったと思う。つまり、“アメリカに楯突けばタダじゃ済まないぞ!”といった恫喝である。まるでヤクザの世界ではないか。むしろ、ヤクザ以上である。事実、日本国内のヤクザ組織はアメリカ政府の暴力装置の「下請け」に堕していると言われる。
 アメリカは建国以来、まったくの暴力国家でありプロの戦争国家である。ルメイなどはまさに“戦争が生き甲斐”だったのではあるまいか。近年のアメリカのイラクに対する一方的な“先制攻撃”も、実はこのルメイの「先制核攻撃論」に淵源を持つと思う。こんな“狂人国家”に、日本はいつまで付き合おうと言うのか。

 ところで、この恐怖心(=怖れ)を、人間の最大の“罪悪”であると見た指導者がいる。マハトマー・ガンディー、その人である。それゆえ彼は、インドの人々に大英帝国のあらゆる暴力を怖れたり、それに屈服しないようにと訴えた。まさに“恐怖心の克服”こそが、独立の出発点なのである。
 ガンディーは、インドに“あまねく広がっている恐怖”に気がつくと、それに抵抗して、“怖れるな!”という確かな、だが決然とした声を上げた。聖書にもこうある。
「からだを殺しても、魂を殺せない人たちなど怖れてはなりません。そんなものより、魂もからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を怖れなさい」と(マタイ、10章、28節)。
 確かに、われわれ現代日本人は、アメリカに対して、余りにも臆病になっている。むしろ、何事も“怖れない心”、つまりガンディーの言う“魂の力”を信じることが、アメリカからの独立を願う心ある日本人に最も求められることだと思うのだ。

 余談だが、先日、熊本市内で、熊本県知事選挙に立候補した北里敏明候補の応援演説に駆けつけた森田氏と、20分ほど面談する機会に恵まれた。森田氏は、雨中での応援演説や講演後の疲れもあっただろうに、私の突然の面会に快く応じてくださった。それは、まさに温かい雰囲気に包まれた“至福のひと時”だった。森田氏を前にしながら、私は、一人の人間というより、むしろ世俗を超越した仙人と話しているような愉悦を感じた。
 私は、この世に“天の人”と言うべき存在がいることを実感する。森田氏も、そのような“天の人”の一人ではあるまいか。
 私の言う“天の人”とは、肉体を持ちながらも、世俗的な物質主義やエゴイズムを超克した、きわめて“精神的な人”のことである。正直、私にとって、ガンディーも石橋湛山も“天の人”である。
 森田氏も彼らに連なる精神性を持っていると思う。森田氏は、彼らと通じる精神性があるゆえに、両者の思想と行動の価値が理解・共感できるのではあるまいか。そして、同氏は、本著を通して、われわれ日本人が学び、かつ継承すべき理想的な精神(=思想)や行動として、ガンディーの「抵抗するな・屈服するな」精神と石橋湛山の「小日本主義」を提示してくれたと思うのだ。
 その意味で、本著『脱アメリカで日本は必ず甦る』は、一人の政治評論家が書いた単なる政治・経済論集ではないと思う。むしろ私は、日本と日本人を心から愛する“天の人”が書いた「魂の書」だと感じる。それゆえ、森田氏が言わんとすることを、われわれ一人一人が自らの胸底に深く刻印しなければならないと思うのだ。
 すべての読者が、それを深く心に留め、「日本の独立」のために行動してこそ、著者の真情に報いることになろう。また、それができてこそ、われわれは、“真の日本人だ”と言えるのではあるまいか。
 まさに、本書に書かれた“マスコミが伝えない真実”を知り、その現状を改め、アメリカから真に独立してこそ、将来の日本国民への大事な責任と務めを果たすことになると思うのだ。より多くの方々の購読を祈念し、本稿を擱筆したい。【了】