しっかりした分析にもとづいた米紙の原発事故報道
7月1日には、約1カ月ぶりにウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙が独自に元東電職員に対するヒアリングを行って、それに基づく福島原発の問題に関する記事を載せました。約1カ月前にも同紙の記事についてのコメントを書きましたが、今回もまた非常にすぐれた分析をしており、日本人として今後の原発のことを考える上で参考になると思いますので、今回もまたWSJ紙の記事に関してコメントさせていただきます。
今回の記事は、福島第一原発が1960年代にできて以降の東電職員の方のコメント(匿名の方と名前を堂々と出している方の両方がいます)を軸に、津波によって事故を起こした原子炉と大きな問題となるのを避けられた原子炉の二種類に分けてその理由を分析しています。
今回のWSJ紙は非常にしっかりした分析を、中立的な立場で書いていると思いますので、一度、皆さんもお読みになることをお勧めします。
ここ2カ月程度、米紙による福島原発に関する記事は、単なる情報の提供という域を出て、独自の調査等を前提としたかなり踏み込んだ内容のものが増えているように感じます。ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙は、一人の米国人記者が基本的に継続的に本件を追い続けているようで、非常に連続性を感じられ、現在の問題と過去からの経緯、今後についての知識を取得しやういような印象を受けます。いずれにせよ、米紙が福島原発問題を、単に日本の問題とせず、自国内にも多く存在する原発の今後について問題を投げかけていることを強く感じます。
内容を簡単に敷衍すれば、1960年代から始まった福島原発建設は、経費節減の発想と建設初期の段階における規制の不整備(というか、規制する側も初期の段階は手探りで規制を行っていたことが十分想像できます)のもとで、前半に作られた5つの原子炉においては今回の事故に発展した(なお、このうち5号機は隣接する6号機の電源装置からの電気を使えたため問題を回避できた)。それは頑丈な原子炉の建物の中に電源装置を設置するスペースがなく、代わりに隣接するタービンを格納する建物に設置していたが、このビルは原子炉の建物と比較して強度が弱いために、今回の津波に耐えられなかったというもの。後半の5つの原発は、これが頑丈な原発の建物の中に設置されていたが、これが基本的な問題の分かれ目となった。
公共事業というか、この手のインフラ建設をする場合、とくに安全性には注意を配る必要があると思いますが、残念ながら、経費節減などの理由があったなかで原発建設の初期の段階において(また当時だけでなく発生前日まで予想もできなかったレベルの津波の発生を)前提とした対応はできなかったというのが、問題の本質のように(記事を読むと)感じられます。ただ、その一方で、その後の安全性強化ができなかったという問題も当時の職員へのインタビューをもとに説明しています。
ここで注意すべきは、電源装置を原子炉の建物の中に入れる新型モデルを採用した6号機も水の侵入で二つの電源装置が止まったものの、別建物に設置していたもう一つの電源装置が稼働し続けることができたため、一号機等のようなことにならずに済んだという事実です。結局はこの電源装置が5号機にも電気を送るのですが、この教訓は二重三重の備えが万一の場合の大災害を回避できるということを物語っているようにも思えます(果たして、建設時にそこまで考えていたかどうかはわかりませんが、6号機は結果的に1号機より1つ多く電源装置を持っていたことは事実です)。