「脱皮できない蛇は滅びる」(ニーチェ)
[小泉構造改革、市場原理主義、財務省の偏狭な財政再建至上主義から脱皮しなければ日本は滅びる]
マスコミの経済政策担当記者、とくに大新聞経済部の有力記者のほとんどは財務省のエピゴーネンである。彼らは、財務省のレクチャーを受け、財務省に「教育]されるだけではない。大新聞、大テレビ局は、巨大権力をもつ財務省と同化し協調したいがため、マスコミ全体が財務省イデオロギーに染まってしまうのである。
大新聞社の論説委員や編集委員のなかには政府の審議会委員になっている者が少なくない。政府の審議会は、政官マスコミの談合・癒着の場になっている。
財務省の中枢幹部のほとんどは、米国の大学に留学し、米国での勤務を通じて、米国的な考えの虜になってしまっている。現在の財務省幹部の経済理念の底にあるのは新古典派理論≠ナある。すなわち、市場万能論である。この点で、財務省は中曽根、橋本、小泉の新古典派的経済政策と一致し、日本を米国化する≠ニいう間違った路線をとってきた。
財務省はもともと、国家財政さえよければ国は心配ない≠ニいう考え方に立脚している。財務省はつねに財政再建を経済財政政策の最優先課題においてきた。財務省は一貫して増税を最優先に考えている。隙あらば増税しよう≠ニ考えている。このためには――極端にいうが――国民経済がどうなろうと、国民生活がどうなろうと構わない。財務省さえよければよいという立場である。
増税は国民生活に悪影響を及ぼし、極端な場合は深刻な不況を招き寄せることがわかっていても、構わず増税する方針である。国民の生活よりも、国民の命よりも、まず財政再建ありき――これが、今の財務省の基本スタンスである。
以前は、財務省的経済縮小路線と経済産業省的経済成長路線と国土交通省的社会資本拡充路線とが、政府部内においてほどよくバランスがとれていた。財務省的縮小路線だけが政府を支配することはなかった。
だが中曽根内閣以来、財務省的経済縮小路線が政府部内で強くなり、この流れが橋本内閣時代にさらに強まり、小泉時代になると財務省が経済財政政策を支配するようになった。財務省の財政再建路線と小泉・竹中(米共和党的)路線とが協調するによって、それぞれの欲≠貫こうとしていた。
だが、財務省は小泉政権下、消費税を増税させることに失敗した。小泉がほしかったのは財政再建より人気≠セった。小泉は人気を落とす消費税引き上げを拒否したのだ。
だが、小泉・竹中は消費税引き上げ以外の増税≠容赦なくやった。社会保険の負担増、福祉切り捨て、公共事業削減、地方交付金の切り捨て等々――である。財務省はこの小泉路線に両手をあげて賛成した。この結果、地方経済は低迷し、多くの中小零細企業は苦境に追いやられ、国民生活は下落した。福祉は「自助努力」の掛け声のもとに切り捨てられた。国民生活は、小泉構造改革によって破壊された。
国民はこれに気づいて怒った。
今回の参院選において日本国民は、「小泉・竹中政治」およびその亜流である「安倍政治」を拒否した。小泉政権を背後から操ってきたブッシュ共和党政権の対日政策に対してノー≠フシグナルを明確に示した。財務省の「福祉切り捨て」「地方切り捨て」「国民生活切り捨て」に対して抗議の意を示した。
いかなる政権といえども、国民の支持なくして長期的に存在することはできない。政府・与党が従来の政策を改めることができなければ、来るべき衆院総選挙での政権交代は必定であろう。
政府・与党は政策転換をはからなければならない。小泉・竹中路線を否定し、とくに地方経済を立て直す方向へ梶を切り換えなければならない。
地方経済の再建は喫緊の急務である。これは超党派で取り組むべき課題である。とりわけ重視すべきは地方経済の活性化と失業対策である。このために最も有効なのは国民のための公共事業である。
財務省主導の経済縮小政策をこれ以上つづけることは、日本経済の基盤である中小企業と地方経済を「殺す」ことを意味する。