2007.10.19
【国民のための新公共事業必要論●港と海が人類を救う】[5]

「港湾」の社会的・経済的・国際的役割を正当に評価しなければならない――基本的考え方〈その5〉
完全雇用政策と公共事業――完全雇用政策の復活が日本再生のカギである

「睡眠と日曜日の外に――逆説に聞こえるが――仕事(これは睡眠や日曜の休息の間の交替を意味するが)こそ至上の休養である」(ヒルティ『幸福論』)



 私が公共事業必要論を強く主張しつづけるのは、完全雇用政策の推進のためには公共事業が必要だと考えるからである。
 非自発的失業者が存在する状態を不完全雇用という。非自発的失業とは、現行の賃金・価格で働きたいが職がないということである。 
完全雇用とは、非自発的失業者がいない状態のことである。自発的失業者は含まれない。現代社会において、経済的余裕があり、労働よりも余暇を選択する人もいる。こういう人は自発的失業者と呼ばれる。自発的失業者は狭義の意味での失業者というべきではないと思う。ともかく非自発的失業者がいない状況が完全雇用なのである。
 わが国の政府は、ある時期までは完全雇用政策をとってきた。ある時期までは、政界において、完全雇用の実現が広い意味での福祉政策であるとの暗黙の了解があった。
 しかし、この暗黙の了解はなし崩し的に葬られた。自公連立政権は不況対策において資本家の側に立ち、リストラという名の企業による一方的な解雇を支持する立場をとり、労働法制を次々と改めた。私の立場からすると、労働法の「大改悪」が行われた。労働者の権利は著しく侵害された。これは、厳密にいえば、憲法第一一条(基本的人権の保障)、憲法第二七条(勤労の権利・義務)、憲法第二八条(労働基本権)に対する違反だと私は判断している。労働者の基本的人権を踏みにじる労働法の改悪は憲法違反である。

 中曽根内閣以来の自民党政権は、なし崩し的に完全雇用政策を投げ捨てた。1999年にできた自公連立政権も完全雇用否定路線を継承した。2001年に登場した小泉政権はさらに一歩進んで、企業家側に立って完全雇用否定政策を強引に進めた。失業者は急増した。統計上「失業者」に計上されないフリーターも急増した。ニートも増えた。正規雇用は激減した。派遣社員は派遣会社に容赦なく賃金をピンハネされる状態が固定化した。日本の雇用関係はきわめていびつなものになってしまった。
 政府の新自由主義政策推進による完全雇用の崩壊とともに、生活保護者が急増した。地方自治体の生活保護のための支出が増え、これによって、いま、地方自治体の財政危機は一層深刻化している。政府が企業保護のために完全雇用政策を放棄したことによって、生活保護などの直接的な福祉のための公的支出が膨らんできたのである。
 政府は、完全雇用維持のために必要な施策を講ずるための費用を支出するか、それとも完全雇用政策を放棄することによって生ずる生活保護費などの直接的な社会福祉費を支出するか――二者択一を迫られる。森・小泉・安倍・福田自公連立政権は後者を選択した。
 しかし、これが政府のあり方としてよいことではない。悪いことである。私は、完全雇用政策を維持し、国民一人一人が自分自身の働きによって所得を得、それによって自分と家庭の生活を維持することのほうがはるかに健全であると思う。

 森・小泉・安倍・福田自公連立政権は、完全雇用政策を投げ捨てた上で、福祉予算をカットしようとしている。そうした国民の不幸を極大化する政策を進めれば、日本社会は崩壊する。社会が崩壊すれば、財政再建などできるわけがない。財政再建も挫折するのだ。
 福田首相は2007年10月1日の所信表明演説で「自立と共生」「希望と安心」を強調したが、福田首相が小泉構造改革を継承する以上、現状において、自立も共生も希望も安心もすべて絵に描いた餅に過ぎない。  福田首相はこう演説した。
《老いも若きも、大企業も中小企業も、そして都市も地方も、自助努力を基本としながらも、お互いに尊重しあい、支え、助け合うことが必要であるというとの考えの下、温もりのある政治を行ってまいります。その先に、若者が明日に希望を持ち、お年寄りが安心できる、「希望と安心」の国があるものと私は信じます。》
 福田首相は、「小泉・安倍政治」を踏襲すると明言しているが、小泉構造改革の先にあるのは、希望でも安心でもない。国民にとってあるのは「地獄」である。基本政策の抜本的な方向転換なしには、地獄への道を避けることはできない。
 政策転換のカギは、完全雇用政策の復活である。働く意思と能力をもつすべての国民が、自らの労働によって家庭生活を支え維持する道を政府が保証することである。
「職業は生活のバックボーンである」と言ったのは哲学者ニーチェである。すべての成人国民が職業をもち、職業を通じて社会と連結するとき、社会ははじめて健全化する。そのとき健全なモラルが育まれるのである。完全雇用のもとで初めて、人類は健全なる進歩を実現することができるのである。
 完全雇用政策のためには、政府は政府がなし得る公共事業政策を実現する必要がある。いま、公共事業不要論が不完全雇用政策とセットになっている。これは錯誤であり、大きな過ちである。完全雇用政策を貫徹するためにも公共事業は必要である。