2005.3.18
2005年森田実政治日誌[70]

歴史は繰り返すのか――永井荷風『断腸亭日乗』に学ぶ
「先代を軽んじることは、後代に我々自身のことを軽んじるように教えているようなものである」(ハズリット『古書を読むこと』)

 親友のKさんから「いま永井荷風の『断腸亭日乗』を読んでいる。アメリカの友人から勧められた。アメリカの友人は、日本の現代史を研究していて、『今日の日本と永井荷風が日記の中で書いた昭和初年から10年代に非常に似ている』と言っている。たしかに非常に似ていると思う」と言われて、私も読んでみました。同感しました。
 今日の世相と似ている記述を、ほんの一部だけ引用します(ワイド版岩波文庫より)。

昭和恐慌前夜
 昭和4(1929)年10月18日「昭和現代の世はさながら天保新政の江戸を見るが如く官権万能にして人民の從順なること驚くに堪えたり。時勢の如何を論ぜず節約勤倹の令は固より可なり。然れども婦女服飾の如きはけだし末端の甚だしきものにして国家富強の直に基因する所はその他にあり。何ぞや、国民の気概と政治家の良心とにあり」
 昭和7(1932)年2月11日「早朝より花火の響きこえ、ラジオの唱歌騒然たるは紀元節なればなるべし。去秋満洲事変起りてより世間の風潮再び軍国主義の臭味を帯びること益々甚だしくなれるが如し」
5・15事件当日
 昭和7(1932)年5月15日「五時半頃陸海軍の士官五、六名首相官邸に乱入し犬養を射殺せしといふ。……如何なるわけあるにや。近頃頻に暗殺の行はるること維新前後の時に劣らず。然れども凶漢は大抵政党の壮士または血気の書生らにして、今回の如く軍人の共謀によりしものは、明治12年竹橋騒動以后かつて見ざりし珍事なり。或人曰く今回軍人の兇行は伊太利阿国に行はるるファシズムの模倣なり。我国現代の社会的事件は大小となく西洋模倣に因らざるはなし」
日中戦争前夜
 昭和11(1936)年2月14日「日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり。政党の腐敗も軍人の暴走もこれを要するに一般国民の自覺の乏しきに起するなり。個人の覺醒せざるがために起ることなり。然りしかうして個人の覺醒は将来においてもこれを到底望むべからざる事なるべし」
 昭和11(1936)年4月10日「新聞の雑報には連日血腥きことばかりなり。(中略)現代の日本人は自分の気に入らぬ事あり、また自分の思うやうにならぬ事あれば、直に凶器を振って人を殺しおのれも死する事を名誉となせるが如し」
 昭和12(1937)年8月24日「余この頃東京住民の生活を見るに、彼らはその生活について相応に満足と喜悦を覺ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれを喜べるが如き状況なり」
日米戦争前夜
 昭和15(1940)年9月20日「午後文士中江与一来りて雑誌の原稿を請ふ。時勢の変遷を何とも感ぜざる人間世にはなほ多しと見ゆ。鈍感むしろ羨むべきなり」
 昭和15(1940)年10月15日「この頃は夕餉の折にも夕刊新聞を手にする心なくなりたり。時局迎合の記事論説読むに堪えず」
戦争中の状況
 昭和17(1942)年正月元日「郵便受付箱に新年の賀状一枚もなきは法令のためなるべし。人民の從順驚くべく悲しむべし。野間五造翁ひとり賀正と印刷せし葉書を寄せられる。翁今なほ健在にて旧習を改めず。喜ぶべきなり」
 昭和18(1943)年6月25日「近年軍人政府の為す所見るに事の大小に関せず愚劣野卑にして国家的品位を保つもの殆なし。歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや」
 昭和18(1943)年12月31日「今秋国民兵召集以来軍人専制政治の害毒いよいよ社会の各方面に波及するに至れり。親は四十四、五才にて祖先伝来の家業を失ひて職工となり、その子は十六、七才より学業をすて職工より兵卒となりて戦地に死し、母は食物もなく幼児の養育に苦しむ。国を挙げて各人皆重税の負担に堪えざらむとす。今は勝敗を問わず唯一日も早く戦争の終結をまつのみなり」
戦後の状況
 昭和21(1946)年4月28日「現代の日本人は戦敗を口実となし事に勤むるを好まず。改善進歩の何たるかを忘るに至れるなり。日本の社会は根柢より堕落腐敗しはじめしなり。(中略)その原因は何ぞ。日本の文教は古今を通じて皆他国より借来たりしものなるがためなるべし。支那の儒学も両洋の文化も日本人は唯その皮相を学びしに過ぎず。遂にこれを咀嚼すること能はざりしなり」

 アメリカの日本研究者は永井荷風の日記まで読んで、いまの日本を研究しているという話には考えさせられました。「いまの日本は破滅に向かって進んでいる」との認識があるようです。「日本人はなぜ政府にこれほど従順なのか」も研究テーマのようです。そこで明治以来の歴史を克明に分析しているようです。
 戦前は、日本の国民と政治家は軍部に従順に従いました。いまは小泉首相を先頭にしてブッシュ政権に従順に追随しています。戦前は軍部が天皇の名で国民を引っ張りました。現代はブッシュ政権が小泉首相の名で日本国民を引っ張っています。国民が従順すぎると戦前と同じことが繰り返されることを荷風の日記は教えています。