フジテレビ対ライブドア戦争の本質――企業は誰のためのものか。急激なアメリカ資本主義化・株主資本主義化は日本社会の秩序を壊す
「自由と我儘との界は、他人の妨を為すと為さざるとの間にあり」(福沢諭吉 『学問のすすめ』)
「自由」の美名に隠れて他人の権利や利益を侵してはならない、と思います。
一つの貴重な見方を紹介します。
Kさんはたいへん鋭い感覚の持ち主です。私が礼儀の重要性とグローバリズムへの懸念をもっていることを見抜いています。Kさんは真っ直ぐにご自身の気持ちを表しています。すなわち「心情的にはフジテレビを応援する気にならず、ライブドアにシンパシーを感じてしまう……」と。
これから私の考えを述べます。まず、事の進め方の問題です。もう少しゆっくり進めるべきだと思います。
私は若い世代に、もう少し冷静になって考えてほしいのです。「あまり急ぐな」と言いたいのです。「急いては事を仕損じる」という言葉の意味をかみしめてほしいのです。
いま小泉内閣が行っていることは「改革」という名の「日本のアメリカ化革命」です。この革命の先頭に立っているのが竹中大臣と経済財政諮問会議と日本経団連・経済同友会と中央官庁のエリート官僚です。ほとんどの人が米国で教育を受け、米国の方が日本より進歩した社会だと思い込んでいる人たちです。日本を見下している人々です。日本の良さを理解していない人々です。米国からマインドコントロールを受けている人々です。
戦後60年を振り返ってみましょう。日本型の従業員を大切にする会社の生き方は成功してきました。戦後の日本が経済成長に成功した原因の一つは、従業員を大切にする企業経営をしてきたからです。このやり方はいまもつづいています。グローバリズムを声高らかに主張し競争原理を説く経営者も、自分の会社では昔どおりの「従業員主義」をとっているのです。たとえ二枚舌といわれても変えられないのです。
フジテレビ、ニッポン放送、産経新聞社も、従業員を大切にし従業員中心の会社経営を行っています。ライブドアがカネの力で株を買い占めて、「経営権はオレのものだ」と言ってきたからといって「ハイそうですか」とはならないのは当然です。ニッポン放送の大多数の社員が起ち上がったのは当然のことです。
友人のT君より「フジテレビ対ライブドア戦争について君の意見を聞きたい」との手紙が届きました。T君の手紙の追伸にはこう付言されていました――「君はフジテレビの仕事をよくしているので、答えにくいかもしれないが……」。
まず、T君の付言について事実のみを記します。そんなことはまったくありません。心配ご無用です。私は自由人です。T君のご心配を解消するため、最近の事情を説明します。いま、私はフジテレビでの定期的な仕事はしておりません。一時、3年ほど前に体調を崩した時に(いまは元気です。念のため)定期的な出演はすべて辞退しました。その後は出演の依頼はこなくなりました。物事は「始めあれば終わりあり」です。繰り返しますが、いまは、フジテレビ、ニッポン放送、産経新聞などフジサンケイグループの仕事はしていませんし、これからも無関係でしょう。ただ、全国には、私がいまだにフジテレビの「めざましテレビ」で毎朝「ニュースのつぼ」を担当して、格言を発言しつづけていると思っている方がいます。それも少なくありません。しかし、これは7年も前のことです。
いまは無関係な立場にいることだけ、お断りしておきたいと思います。たとえそうでなくても自分の意見は正直に発言します。
3月2日、関西地方に住む31歳の男性(Kさん)より「フジテレビ対ライブドア戦争に関して」と題するご意見をいただきました。この問題に対する30代世代の多数派の意見を代表しているような見方です。少し長い引用になりますが、まず読んでください。
〈今回のフジテレビ対ライブドア戦争に関して、森田様が礼儀の重要性やグローバリズムに対する懸念からのコメントがあるように感じました。アメリカ型資本主義の行き過ぎのリスクの懸念は私も感じています。
ただ、今回のフジテレビ対ライブドア戦争に関しては、心情的にはフジテレビを応援する気にならず、ライブドアにシンパシーを感じてしまうのが正直なところです。
フジサンケイグループは、どちらかというと、経済的には小さな政府で規制緩和論だった方ではなかったでしょうか。産経新聞は、「規制緩和・自己責任」とアメリカ型の新古典派経済学の考えを支持していたと思いますが、そのようなことを言っていたわりには、自分の足元をすくわれそうになっていて笑ってしまいました。
また、イラクの人質事件で、産経新聞は、自己責任論を展開し、人質バッシングの世論に加担する形になりました。言行一致で、自己責任で対応するのかどうかはわかりませんが、森前総理など政治家や官庁によるフジテレビ擁護の動きがあるような気配を感じますが、権力の不正を追求するマスコミが政治家に借りをつくることには懸念は感じます。
大マスコミは、カネのない庶民には、「改革だ!」「競争だ!」と煽っているわりには、規制に守られて、あぐらをかいている感じです。庶民の痛みがわからず、規制緩和の市場原理を賞賛していた大マスコミが、堀江社長の振る舞いによって、市場の論理にさらされ、あわてふためていている姿は滑稽に感じました。
堀江氏のジャーナリズムに関する考え方は、単純に言えば「情報の価値は市場が決める」という感じですが、その考えには私は懸念を感じています。ただ、ライブドアが、ニッポン放送の支配権を握った場合、記者クラブに所属でき、首相官邸でインタビューができる権利を得て、それをインターネットで常時流せる状態となります。記者クラブ制度という、少数のジャーナリストを排除する既存の談合体質で新規参入を妨げる日本のマスコミ構造に風穴を開けるという意味合いで、私は評価しています。
インターネットがテレビを飲む込むのは歴史の趨勢であると予想され、既存メディアの広告による収益構造が大きく変化すると見込まれる中で、堀江氏でなくても、いずれ、インターネット関連企業がマスコミを飲み込む事態が発生するのは必然だったのかもしれません。
今回のニッポン放送のフジテレビだけへの新株予約権の発行は、ポイズンピルのように見えますが、ポイズンピルが定款に記載されていたわけでもなく、後出しジャンケンのようで、不透明性を感じさせるもので、株式市場を歪めるものになると思いますし、もし、裁判所がそれを認めてしまうと、フジテレビの番組で竹村健一氏が「日本の常識は世界の非常識」とよく言っていますが、その言葉がそのまま当てはまると思います。
堀江氏の支持の世論がある背景には、フジテレビの株式市場のマナーに反するような後出しジャンケンのように新株予約権を特定株主だけに発行するという意思を表明したりすること、持てる者と持たざる者に階層が二極化して固定化が進行しているなかで、小が大を飲むという、固定化された既得権益構造に風穴を開けるように感じてしまうことがあるかもしれません(実際、堀江氏は、持てる者の勝ち組と感じますが)。
今回の騒動は、日本経済史に残る歴史的大事件になるかもしれないと感じています。ただ、来年の商法改正で、よりM&Aが行われやすくなるので、企業は防衛策を講じる必要があるでしょう。アメリカ資本によって、ソニーやトヨタが乗っ取られるリスクもあります。これは、日本が大赤字借金国であるアメリカ国債を大量に保有していて、ドルの価値を支えていることが背景にあるとも感じもします。日本は世界最大の債権国で、国際経常収支の大黒字国なのに、世界最大の債務国で、国際経常収支の大赤字国のアメリカ資本に脅かされるというのは、滑稽です。そうなれば、多額のドル買い為替介入によるアメリカ国債購入が本当に愛国的な政策なのかどうかも疑問に感じます。堀江氏による今回の騒動は、企業防衛を意識させ、外資の中でもハゲタカ的な乗っ取り屋から防衛策は必要でしょう。ただ、アメリカ流資本主義が行き過ぎるのも問題ありだとは感じています。〉
いまテレビ局は30歳代の社員が報道の中心にいます。フジテレビ以外のテレビ局が、ライブドア寄りの報道をし、結果としてフジテレビ包囲網的な状況をつくってしまっているのは30代の人々のライブドア寄りの意識が反映されているのだと思います。
フジテレビ対ライブドア戦争は一種の世代間戦争です。若い世代は古い世代のやり方を否定し、古い世代を乗り越えようとして戦いを挑みます。
室町中期の武将で歌人の太田道灌の作に次のような和歌があります。
「いしがずばぬれざらましを旅人の跡よりはるる野路の村雨」
急いだために雨に濡れてしまった旅人のことです。もう少し待てば濡れることはなかったのに……ということです。
同じことが、ライブドアにシンパシーをもつ若い世代にもいえると思います。
日本企業の従業員を大切にする生き方はよい生き方だと私は思います。これに対して米国からマインドコントロールを受けている政官財エリートは米国型の株主中心の資本主義のほうがよいと考えています。大金を動かす力があり、株を買い占めて企業の経営権を乗っ取ることはよいことだ、普通のことだ、と考えているのです。これが、グローバルスタンダード、これからの日本の生き方だと主張しています。日本の若い世代もこの方向に引きずられています。これは大変に危ないことです。根本にあるのは文化の問題なのですから。
日本においては会社は第一義的には従業員のものです。株主は第二義的存在でよいのです。そうでなければ、日本では企業は成功しないのです。株主中心の資本主義は日本の文化、風土には合わないのです。日本的経営を変える必要はないのです。
すでに私は、フジテレビの仕事はしていません。私の思想とフジサンケイグループの思想は合わないことははっきりしています。私は長い間フジテレビの仕事をしてきましたが、会社の上層部と直接付き合うことはありませんでした。日枝会長には1、2度会って挨拶したことがあるだけで、個人的付き合いはありませんが、日枝会長がやろうとしていることは、フジテレビの社員を守り、フジサンケイグループの社員とその家族を守り、いままで、全社員が努力してつくってきたフジサンケイグループの風土と文化を守ろうということです。これは当然のことです。正しいことです。私は日枝会長の成功を祈りたい心境にあります。フジサンケイグループよ、負けるな!