2010.2.2(その4)
森田実の言わねばならぬ【93】
平和・自立・調和の日本をつくるために[93]
《新・森田実の政治日誌》[月満つれば欠く・小沢政治の終焉(19)]小沢・鳩山政権の本質〈その6〉同志使い捨てのオザワイズム
「財産の貧乏を治すことはやさしいが、精神の貧乏を治すことはできない」(モンテーニュ)
小沢氏は1989年に自民党幹事長になってから偉くなった。ようやくインタビューができても、機嫌が悪いと答えてくれない。気に入らない質問をするとすぐ怒りプイッと席を立ってしまう。殿様なのである。
小沢氏の側近だった人に何人か会い取材をした。小沢氏は自分の役に立たない人間には興味がないそうである。
カネを持っている人、選挙の役に立ちそうな人、権力を掌握するのに役立ちそうな人は大事にする。自由党と民主党の合併の時も、1年間、鳩山、菅両氏と頻繁に接触したそうである。権力のためなら旧社会党系の議員も籠絡する。カネと権力のために役立つと判断した人間には必死に取り入る。この点では小沢氏は異常に高い能力の持ち主である。
ところが小沢を批判したり、忠告するような人物はすぐに退ける。自民党から小沢と一緒に党を出て、新進党に参加した熊谷弘氏(羽田内閣の内閣官房長官)は小沢よりも年上で、キャリアもあまり変わらなかったので小沢に率直にものを言っていたが、ある時に小沢に意見した直後から小沢は電話にも出なくなったという。その後、熊谷氏は新進党内で小沢一郎との闘争を展開したが小沢の一存で除名された。小沢が熊谷氏に「除名」を宣告したときに周囲には何人かの小沢側近がいたが、側近たちは小沢を崇め奉り「党首、お言葉を」とひれ伏していたという。小沢はいつの間にか皇帝のような存在になっていたのだ。
小沢と付き合ってきた人々は、口を揃えて「猜疑心が強い人だ」と言う。人が信用できず、意見されると機嫌を損ねる。これはスターリンやヒトラーも同様だったそうである。猜疑心の強さは権力者の特徴ともいえるかもしれない。
カネの使い方も田中と小沢は違う。
他の派閥の幹部でもカネに困ると、「角さんなら何とかしてくれる」と、田中に頼みに行く者が何人かいた。いろいろと事情を説明したうえで「300万円、何とか貸して下さい」と切り出すと田中はベルを押して秘書を呼び、そっと耳打ちする。するとカネが用意される。別れ際に田中は「これを使ってくれ」とカネの入った包みを渡す。頼みにきた幹部は涙を流さんばかりに感激して「ご恩は忘れません」と言いながら退出しようとする。客がドアを開けたところで、田中は「ちょっと待ってくれ、もう一度座ってくれ」と呼び止め、さらにもう一つ、包みを渡したという。「さっきの話からすると、300万では足りないから、他の人からまた借りるんだろう。よかったらこれを持って行きなさい」と言って手渡す。絶妙のタイミングでやる。相手はすっかり田中角栄のとりこになってしまう。これも中曽根元首相の首相時代の首席秘書官だった故・上和田義彦氏から聞いた話である。
田中は、カネを集めるのもうまかったが、配るのは天才的と言われたほどうまかった。人も好く人間のスケールが大きく、名人芸ともいうべきうまさがあった。気配り、目配り、金配りに情があった。これが角栄流だった。田中角栄には人情があった。だが、小沢の場合は徹底的に合理主義であり計算ずくである。ドライである。作戦的である。(つづく)
小沢には田中角栄のような人間味や人情は乏しい。田中に比べると性格は暗い。相手を楽しませようという配慮が薄い。ともかく小沢氏は難しい人である。小沢氏にインタビューを申し込んでもなかなか実現しなかった。自民党幹事長、新進党代表の頃のことである。側近が多く、複数の側近の面接を受ける。一つ一つ手順を踏まなければならない。