森田実の言わねばならぬ【81】
平和・自立・調和の日本をつくるために[81]
「徳あれば以て興り易く、徳なければ以て亡び易し」(『十八史略』)
2009年9月5日、小沢一郎は、「鳩山代表から国会や党のことに関しては人事を含めて一任すると伝えられた」と言明した。国会と党の人事権は小沢一郎が握った。小沢はさらに続けて「民主党は政府と党の人事は一体」とも言った。党、国会、内閣を含めたすべての人事を小沢一郎が決めるということである。
これは事実上の「小沢独裁体制宣言」であると見るべきことだった。その後の内閣人事も小沢一郎の影響力が発揮された。鳩山内閣の発足は「小沢独裁体制」の完成であった。
鳩山代表に実権がないことは、鳩山氏の繰り返される発言のブレにも示されている。閣僚人事についても鳩山の発言にはブレが出た。「首相指名後に一気に決める」と言ったかと思えば、「少しずつ決める」「まだ固まっていない」など二転三転した。この裏に小沢の存在があった。
「小沢氏が気に入らない人間にはポストを与えない」という情報が党内では常識化していた。渡部恒三氏は9月8日までは「衆院議長有力」とされていたが、2日後には「横路孝弘氏が衆院議長」と報じられた。衆院議長の座を渡部が逃したのは、西松建設問題が出た時「小沢は代表を辞めるべきだ」と発言して、小沢一郎の機嫌を損ねてしまったからだと民主党内では言われていた。衆議院議長は小沢が決めた。
鳩山氏をよく知る人々は、鳩山首相は「白い紙」のような人物で、明確な政治理念はないと言っている。鳩山氏の発言がブレるのも「発言する直前に会った人の意見に影響されている」からであると言われている。鳩山氏は「風にそよぐ葦」的政治家である。
鳩山氏は約二十数年間の政治生活で、政治の手法や世渡りは少しは上手くなったようであるが、定見がなく人の意見に左右される性格は変わっていない、という。いまはもっぱら小沢幹事長の発言に影響を受けている。
鳩山首相の言動の混乱によって懸念されるようになっている日米関係も、小沢一郎の影響が色濃く出ている。小沢は「国連決議さえあれば自衛隊はアフガンにも派遣できる。集団的自衛権を行使できる」と発言してきた。この独特の小沢外交・防衛理論は各方面から非難されたが、発言は修正していない。自民政権ですらやらなかった集団的自衛権行使を、「国連決議」一本槍でやってしまいかねないのが小沢一郎の外交・防衛理論の危うさである。
「民主党内には旧社会党左派がいるから、小沢一郎が自衛隊をアフガニスタンへ派遣しようとしてもうまくいかない」という見方があるが、これは誤解である。社会党出身の横路孝弘衆議院議長、輿石東民主党参議院議員会長らは小沢一郎の安全保障理論に同調している。小沢一郎に最も従順なのが旧社会党のグループであると言っても過言ではない。彼らが小沢に造反することはほとんど考えられない。
いままでも小沢は党内で「剛腕独裁」を振るってきた。しかしこれまでは野党の中だったが、いまは政権の中心にいる。小沢の影響力は党内にとどまらない。日本国全体に影響が及ぶ。「党幹事長」という役職名の範疇をはるかに超えた、非常に大きな権力をもった最高実力者になっている。小沢は闇の大統領的存在である。この巨大権力は危険である。しかも、後述するが、小沢には人望がない。恐怖で党を固めているが、徳がない。小沢独裁体制はきわめて強権的な体制である。独裁政治は日本を沈没させるであろう。(つづく)
《新・森田実の政治日誌》[月満つれば欠く・小沢政治の終焉(15)]小沢・鳩山政権の本質〈その2〉最高実力者・小沢一郎の危うさ
多くの国民がすでに感づいているように、「鳩山政権」の実質は、最高実力者・小沢一郎が仕切る「小沢・鳩山(小鳩)政権」である。鳩山内閣の組閣の時、テレビは連日鳩山首相を追いかけ、あたかも鳩山首相自身が組閣を考え実行したように報道していたが、非常に白々しい報道であった。最高実力者の小沢一郎が認めなければ鳩山内閣の人事は決まらなかったのだ。