森田実の言わねばならぬ【50】
平和・自立・調和の日本をつくるために[50]
「政治においては、何をしても軽蔑されない」(ディズレーリ)
中堅議員Bはこう語っている。
「(いまの民主党には)確かに共産党の独裁体制みたいな雰囲気がありますね。小沢批判なんか公然としたら、党にいられなくなるかもしれないという恐怖心がある」
共産党と言っても、ここでの意味は中国共産党のことだが、こんなことを言われたら中国共産党が異論を唱えるであろう。日本共産党も納得しないだろう。いまは、中国共産党も日本共産党も、いまの小沢一郎独裁下の民主党よりも、自由はあるかもしれないと思う。
もう50年以上前のことだが、私はスターリン主義の影響下の日本共産党にいたことがある。1952(昭和27)年から1958(昭和33)年までの足かけ7年間、私は日本共産党員だった。52年〜58年の大学生時代のことである。当時は基礎組織のことを「細胞」と呼んでいた。私が所属したのは東大教養学部(学生)細胞、都学連書記局細胞、東大(学生)細胞、全学連書記局細胞だった。昭和33年7月、全学連書記局細胞キャップの時に、当時の独裁的指導者の宮本顕治書記長と対立し、「反党活動」を理由に日本共産党中央委員会の決議をもって日本共産党から除名処分を受けた。党規約上最も重い処分だった。宮本顕治氏は反対派の存在を許さなかった。なんとなく小沢一郎は宮本顕治に似ている。当時の日本共産党の組織は暗く陰湿だったが、それほど恐怖はなかった。小沢氏への恐怖で凍りついているいまの民主党よりもおおらかだったように感じている。その後52年間、私は日本共産党とまったく無関係に生きてきたが、日本共産党は私の時代より自由度は上昇したようである。
日本共産党には、1952年から55年7月まで、地下活動のための非合法組織があった。私は都学連書記局細胞と東大細胞でキャップをしていたとき、非合法組織の会合にも出ていた。当時はスターリン主義全盛時代であり、一枚岩主義の党であり、党内に言論の自由はなかった。最近の日本共産党のことは詳しくは知らないが、組織原則は変わっていないかもしれない。当時の日本共産党の組織原則を「民主集中制」と言った。「民主集中制」の組織原理は三つ。第一は「少数は多数に従う」、第二は「下級組織は上級組織に従う」、第三は「全党は中央に従う」というものだった。民主党にはこのような組織原則はないが、小沢一郎幹事長批判を許さない空気は強い。
大多数の民主党議員が小沢一郎幹事長を恐れている。小沢幹事長に睨まれたら民主党にはいられないと思い込んでいる。暗すぎる。民主党議員は、独裁には毅然として立ち向かうべきではない。(つづく)
《新・森田実の政治日誌》[月満つれば欠く・小沢政治の終焉(5)]裏切られた政権交代〈その5〉民主党の独裁政党化
「小沢一郎氏はスターリン?!」