小泉政治5年間の総括【2】――小泉構造改革は創造なき破壊である。小泉政治は国民社会と国民経済のなかに巨大な格差をつくり出した。小泉首相自身が格差拡大をなぜ悪いと開き直り、マスコミがこの小泉首相の開き直りを喜んで支持する異常な風潮の底で、日本社会の倫理の崩壊が急速に進行している。
「寡(すく)なきを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患う」(論語)
[政治は公平でなければならない。政治はカネや物資が少ないことよりも公平か否かを心配すべきだ]
「寡なきを患えずして均しからざるを患う」という政治の原則はいまも正しいと私は思う。アメリカかぶれの経済学者はこれを「ナンセンス」という。彼らはこの論語の精神を馬鹿にして否定する。彼らは平等主義的な考え方を共産主義・社会主義と同一視し、平等主義を憎む。彼らは、論語の平等主義は倫理でありモラルである、ということが理解できないのである。彼らは愚かである。彼らは資本主義では格差があるのは当然との立場から、格差拡大政策を推進する。小泉首相も格差拡大について「悪いことではない」と居直っている。
小泉構造改革の5年の間に日本社会は歪んでしまった。
小泉首相や竹中総務相らの構造改革推進派は「構造改革は成功した」と強弁している。だが、これは「烏を鷺と言う」がごときことである。
だが、政治は格差拡大政策をとるべきではない。格差縮小政策をとらなければならない。これは政治倫理の問題なのだ。政治と経済は社会的役割が違うことを知らなければならない。政治は経済異常にきびしい倫理をもたなければならない。資本主義には平等というモラルはない。これを政治倫理が補わなければならないのだ。資本主義経済においては格差は拡大する。政治の役割は、この格差拡大にブレーキをかけ、格差拡大による社会の混乱を最小化することにある。政治権力が格差拡大を志向することは大きな誤りである。小泉首相は完全に間違っている。
第一に、中央と地方の格差が拡大した。東京は繁栄しているが、北海道、東北、南近畿、山陰、四国、九州などの地方は逆に貧しくなっている。大都会地は栄えているが、農村地帯は停滞し、農村地帯の人々は苦しんでいる。
第二に、大企業と中小零細企業の間の格差は拡大している。小泉内閣が推進する市場原理主義政策のなかで多くの中小零細企業は解体され破壊されている。成長分野は大企業に吸収され、非成長分野は解体させられている。自由競争の先輩国の米国においては中小零細企業はほとんど解体させられてしまったといわれる。中小零細企業のない経済は弱い経済である。弾力性を失った経済である。
米国が大不況に襲われたとき、米国には耐える力はないということになる。米国のあとを進む日本は、大変あやうい状況にあるということになる。
第三は、国民生活レベルの格差拡大である。ごく少数の人々は富裕階層になったが、大多数は貧困層に転落した。無貯蓄家庭が急増している。10年前に1ケタだった無貯蓄家庭は3割近い状況になっている。2010年には全家庭の3分の1になると予想されている。無貯蓄家庭では一家の働き手が病気になれば家計を支えることができなくなり、破滅する。
小泉構造改革は一般の日本人の貧困化を進めたのである。生活保護家庭は急増している。小泉構造改革で利益を得ているのは、日本国民のなかのほんの一握りの人々にすぎない。大多数の国民は貧困化している。
小泉構造改革は、平等な総中流社会を破壊したのだ。これを喜んでいるのは、ごく少数の富裕階層に属する者だけである。多くの国民がこれをよいことと考えているとすれば、これはマスコミが嘘ばかり報道してきた結果である。大多数の国民にとっては小泉構造改革は大失敗だったことを認識すべきである。騙されてはならない。