2006.1.5(その4)
2006年森田実政治日誌[10]

2006年元旦の社説にみる大新聞の堕落【1】――朝日新聞1月1日社説に表れたモラル喪失と偽善/「武士道」を自らの偽善隠しに利用する哀れな朝日

「新聞雑誌は(中略)、嘘をつくときは見事で崇高ですらある。あなたを是が非でも信じこませてしまうまで放してはくれない。そしてこの戦いに最大の長所を発揮するので、(中略)愚かな大衆はいつも敗北するのである」(バルザック)



 2006年1月1日の朝日新聞社説を読まれた方は、すでにおわかりと思うが、この社説には「逃げ」と「偽善」の姿勢ばかりが目立った。社説のタイトルは〈武士道をどう生かすか〉。朝日社説は新渡戸稲造著『武士道』のなかの「いつでも失わぬ他者への哀れみの心」を引用し、弱者や敗者への「仁」を強調した。
 「他者への哀れみ」と「品格」、これは、一見、よさそうにみえる。だが、ここには大きな矛盾と欺瞞が隠されている。
 朝日新聞はいままで一貫して小泉構造改革を支持してきた。日本社会の二極化、中流社会の崩壊、ごく少数の勝者と大多数の敗者への国民の分裂は、小泉構造改革の結果である。繰り返すが、朝日新聞はじめ大新聞はこの小泉構造改革を支持し応援してきた。この結果、多くの「敗者」が生み出された。朝日社説は、この「哀れな人々」に対して哀れみの気持ちをもとうというのだ。朝日新聞が示そうとしている哀れみは、勝者の敗者への哀れみである。
 これはごまかしである。真に「他者への哀れみの心」があるなら、小泉首相が推進している強者が勝ち弱者が敗北する市場原理主義に反対しなければならない。小泉構造改革を支持した朝日新聞は、いわば加害者である。真面目な多くの人々を不幸にした事実上の犯罪者ではないか。犯罪者・加害者が、犠牲者・被害者に対して行うべきことは、謝罪である。謝罪し罪を償うことだ。それしかない。
 朝日社説は、加害者である朝日新聞が、被害者に「哀れみ」をかけるに等しい。そんなことが許されるはずはない。人道に反することだ。

 朝日社説は、「武士道」を日中関係にも適用し「国家の品格」(数学者・藤原正彦氏のベストセラー本のタイトル)を強調した。だが中国・韓国に対して、日本の「国家の品格」を汚したのは、戦前の日本軍国主義者だけではない。今日では朝日新聞が支えつづけてきた小泉政権が武士道と国家の品格を汚したのではないのか。朝日新聞が、いまになって「国家の品格」を主張するなら、まず、いままで小泉政権を支持したことを恥じ、反省し、国民に謝罪すべきである。その上で、小泉内閣への退陣要求を行うべきである。

 朝日新聞が小泉内閣を支持してきたことは、もはや消すことのできない事実だ。とくに2005年8月から9月11日の総選挙という政治決戦時には、小泉首相の批判者を攻撃し、小泉首相の勝利に貢献した。このことについて反省することも謝罪することもせず、小泉政治の犠牲者である敗者へ「哀れみの心」をもて、とお説教しているのだ。これほどの偽善があるだろうか。「武士道」の悪用はやめてもらいたいと思う。

 朝日新聞は、小泉政治の存在こそが現在の日本国民の不幸の最大原因だという中心問題を避け、逃げ、ごまかしの「武士道」を説いている。武士道にあるまじき偽善である。朝日新聞社のジャーナリズム魂はどうしたのか。心が腐ってしまったのか。腐ってしまったとしたら、もはや、朝日新聞はジャーナリズムではない。
 われわれ国民は、朝日の偽善に騙されないようにしなければならない。