2003年2月

 22年前、僕は高揚する気持ちにつきうごかされるまま、なにかにとりつかれたかのように巨大なスクラップブックへ大量の切り抜きを貼り付けていた。


 STS-1。人類最初の宇宙往還飛行。ヤング船長とクリッペン飛行士の、様々なエピソードを僕は懸命に追いかけた。野田大元帥がひきだしてくれるコンビーフサンドの話とか、着陸でオーバーランしたはなしにわくわくもした。あの、時代と一体化したかのような「気持ち」は、幻だったのかもしれない。でも、いまにしておもえば、STS-1こそが僕にとって科学技術への憧れや夢を形にした最後の出来事だったのだ。22年前のあのときの科学に対する心のときめきは、それ以降は経験がない。キング流にいうならば、あのあたりの時を境にして「亀は死んだ」のかもしれない。その憧れとコロンビアという「かたち」は、サイエンスに携わる人間として、学生に伝えなくてはいけない気持ちの実体だったのに、今、その機体が、失われてしまった。「炎の日」のページをめくると、なんともいえない気持ちになる。これにでてくる機体は、エンタープライズ以外は失われてしまったことになったのだから…
 STS-1のこの機体がそのあと22年間も使われていた、ということはすごいことだけれど、でも、耐熱タイルの「はがれ」の問題はそのSTS-1でもいわれていたし、STS-1でもやっぱりはがれてしまい、ミッション中にハワイの天文台などから調べてもいたはずだ。結局のところ、「多少のダメージは大丈夫」だけれど、「はがれる場所によっては問題」ということが(簡単なことにみえるけれど)今回まで明確にできなかったというのはなんなのだろう。予算削減だけの問題でもないだろうに。


 これは、9.11以上に事故としてのショックが大きい。9.11でむやみと泣きたがるようなアメリカ人のゆがんだ被害者意識(僕の親戚は、ようやく心の痛みをふりきってがんばろうとしているのに、まわりの赤の他人のアメリカ人たちがことさらに「9.11で家族が亡くなったなんておきのどく」といまだになきまくるせいで、傷をナイフでさらにえぐられるような思いをずっとさせられているという。なんというゆがんだ「善意のひとたち」だろうか)にならないことを祈るけれどノよくもわるくも、これが今のアメリカなのだろうか。

 NASA現有のオービターは、これでディスカバリー、アトランティス、エンデバーの三機になってしまった。一時期、エンタープライズを大改装してあがれるようにできないか、という話もあったけれど、実現しなかったし、新規につくれる国力もないだろう。日本の開発している「やまと」だってまだまだ先のはなしだし、なんだか宇宙はどんどん遠くなっていってしまっている。最近の若者は「人類は月にいったことがある」ことを知らない、とか「月にいったなんて信じられない。冗談でしょう」という反応がかえってくる、という話をしていた先生を僕は知っているけれど、それはあながち特例ではないのかもしれないし、なによりも「現実」はたしかにあのアポロ計画の時代よりも宇宙をとおくしてしまったかもしれない。

 こんど、実家から持ち帰ってあのスクラップを子供にみせよう。

 スクラップをつくっていた当時、タミヤからは1/100のオービターが出ていた。貼り箱の贅沢なパッケージにわくわくしながら懸命につくった覚えがある。実家から持ち帰った記事をみているうちに、またつくりたくなってしまった。地元の模型屋にいったら一個だけ在庫を発見。タミヤの二回目の販売分だった。店長と二十二年前の思い出話とかでもりあがってから購入。むかしよりはきちんとつくれるかな。オービターは他にもいくつかのメーカーからでているけれど、タミヤのが一番スタイルがよい。あのずんぐりとした存在感が再現されているのはタミヤだけだと思う。

 ちょっといいはなし。もちろん、以前から空や星の写真がすきだったということもあるのだろうけれど、娘がシャトル以来天文にはまっている。以前僕が読んだような本は絶版が多いので、いろいろと新しいのを手にしているけれど、同時に僕が彼女くらいのころによみふけっていた岩波の天文百科とかを懸命に読んでいる姿をみていると、なにかは前進しているような気持ちがわいてくる。亀は、死んだのではなく、卵をどこかにそっと産みつけていたのかもしれない。孵化まで何十年もかかるゆったりとした卵を。


 はなしかわって日曜の朝のはなし。サンダールが、というよりもその声の人があそんでいたあの回だとか、敵の人間ドラマがすでに十分にどろどろしてきた555だとか、正統派にたちもどったナージャとか、メダロットチックになったギアだとか、まあなんともすごい朝だこと。デジモンはどうなっちゃうんだろう。四月からはガッシュで、それに続いてアトム、ということは、そうすると日曜の朝は春から三時間コースだろうか。うわぁ。

 いまは亡きイマイのジェットモグラで遊ぼうと、ストックをつくりはじめているのだけれど、FA-130モーターがなかなか手に入らない。むかしは簡単に手にはいった基本のグッズだったのに、時代の流れなんだろうか。地元の模型屋にまたいってみなきゃ。その地元の模型屋にたのんでいたStudio27のBMW用デカール(もちろん、Unilockのやつ)が、11月発売予定だったくせに今ごろ入荷。出荷が遅れてもなんのアナウンスもない(webでも説明なし)、というのはちょっと誠意にかけるんじゃないの? 版権のこともあるし、ちょっとなあ。やっぱりそういうメーカーなんだろうか。商品化する対象えらびのセンスは好みなだけに悲しい。まあ、とりあえず手にははいったので昨年再販されたタミヤの320iと、途中で保留されている320iに手をつけられるかな。

 「統計はこうしてウソをつく」をamazonから購入。新しい発見ということではないけれど、すっきりとする内容はよし。学生にもすすめられるし、これを使った授業とか課題もよさそうだ。基本的には「わかりやすい」ものはまず疑ってかかれ、ということにつきるのだと思うけれど。この本は二通りの読み方がある。一つは、「統計」という言葉に連関して事象一般に対する哲学の書として、もうひとつは「アメリカ人の感性」を観察するフィールドとして。どちらとして読んでも楽しめることは請け合います。

 SP、イトーヨーカドーに予約してFFTAカラーを入手。ヘッドホンアダプタもつけて、通勤時間をFFTA。うーん、幸せかも。アドバンスのあのやぼったい大きさがこんなにもおしゃれになっちゃうなんて。

 トイヤー東京公演の最終日にグローブ座まで。舞台劇なんてみるのは20年ぶりちかかったのだけれど、なかなか楽しめました。井ノ原くん、なかなかやるじゃん。モード役の女優さんも雰囲気あってよし。グローブ座もいいところですな。近くに良い古本屋もあるし、フォーティンブラスがあたらなかったのが悲しい。

 うーむ。2chで呼ばれているぞ(笑)。すまんねぇ、今の職場にかわってからというもの、いそがしさが以前の数倍で、この近況くらいしか更新できなひ。模型日記も停滞ぎみというところでさ。学生の人権も更新せねば、とは思うのですがねぇ。高等教育フォーラムについては、旬はとうにすぎていると思うし、まあ静観していますわ。2chにはいきません、たぶんね。掲示板ってあんまり楽しくないし、とかいってみる。

 それにしても、高等教育フォーラム、

>このフォーラムHPの投稿欄の運営につきまして、ここ2年あまり、多くの批判をいただきました。
>昨年は思い直しましたが、1年間続けてみて、やはり、続行は難しいと判断するにいたりました。
>従いまして、平成15年2月末をもってこの投稿欄を閉鎖します。
>長い間、御投稿御愛読いただき有難うございました。

>今後は、これまでの投稿記録はそのまま閲覧可能とし、新たな投稿は管理者にしていただき、
>こちらの判断で掲載させていただく形を採りたいと思います。理科教育関係のアナウンス等が
>ございましたら管理者までお伝え下さい。

 というのもなんというかねえ… あなた、「管理」とか「責任」という言葉というか概念、やっぱりご存じなかったんですね。受けた「批判」と、「思い直した」けれど「閉鎖」ってねえ。ガキのダダ(それもかなり質の低いダダだな)にすぎませんな。掲示板の運営についての反省もなければ、対立意見や批判に対する説明もない。えらそーに、掲示板の運営は業務のうちだ、とかぶちあげた直後にこんなことにするわけか。それって、トーダイのセンセェにとっての「教育」「研究」業務がどういうものか、ということの雄弁な説明にはなったけれど。もっとも、いままでの経緯があるから「本当に閉鎖する」かどうかはわかんないけどねえ(嘲笑)。だって、ナイーブなケンキューシャさんにとっては掲示板みたいに自分の好き勝手できる王国は宝物みたいなもんで、そう簡単に「閉鎖」できるとは思えないもの。そういえば1年前に「思い直した」ときだってなんの説明もなかったものねぇ。説明のない恣意的な投稿削除、管理者の判断(つまり、自分に都合のいいものだけセレクト)で掲載、というのはあれですな、某チアリSIGの流れに似ている。そのうち、投稿者を管理者が告訴したりして(笑)。