2001年9月

青色発光ダイオードと発明者の名誉欲

 青色発光ダイオードの発明者が裁判を起こした。それに乗じて、「日本では研究者は不遇」論がにぎやかになってもきた。でも、ちょっと冷静になって考えてみればなにかがおかしいのだけど、踊っているみなさん、大丈夫ですか?
 一番最初のニュースで「カリフォルニア大学教授」の中村氏がインタビューに答えているのを見たときから、僕ははなはだしい違和感を感じて気分が悪くなった。第一に、「会社をやめてずいぶんたってからの裁判」であること。どうして社内にいる時に戦おうとしなかったんだろう。そして、「会社から訴えられた後に起こした」裁判であるということ。この二つが並ぶと、ただの下品な意趣返しではないと思えというほうが無理だ。インタビューでは、「青色LEDを発明したら、金持ちになるとか偉くなるとか、ということを期待したのにそんなことはまったくなかった」と歯をむき出しにしてアピールしていた中村サン、でも、発明の結果、研究所の所長になったんですよねぇ。所長になっても給料あがんなかったのかな? 所長という肩書きがつくことは一研究員にとって「えらくなった」ことにはならないのかな? まさか、一生遊んで暮らせるほどの大金と、ヤクインとかシャチョーの肩書きを「もらえて当然」とか思っていたのでは…ないですよねぇ?  え?
 つまり、「会社員」という立場と「研究者」という立場の構造的な差異が問題なのだろうけれど、これではあまりにもあんまりだ。もし、彼が本当に「社員は発明しても不遇」ということを主張したかったのならばアメリカに脱出しないで戦うべきだったし、その余裕がなかったとしても、会社に訴えられる前に戦えただろうに。もちろん、中村氏が清廉潔白であるならば、という条件つきだけど(案外、このあたりが問題の本質かな、と思っている)。もし、会社に告訴されたほうの裁判から世間の目をそらすための「20億円裁判」だったとすれば、と考えたほうが、この本人によるセンセーショナルな「あおり」もわかりやすくなる。権利社会のアメリカで、大学教授が企業からの情報持ち出しで告訴された、なんていうのは立場と名誉失墜に即座に直結するだろう。あの年代の考えそうなこと、とすれば、即座に会社のほうを訴えて「本当は会社のほうがもっとワルイんだもーん」とみせかけるくらいだろうし、そうすると…ああ、なるほど、と。
 中村氏、アメリカの仲間からは「スレイブナカムラ」と呼ばれているのだとか。スレイブ、つまり「奴隷」か。奴隷根性のしみついた会社人間の多い日本では、これは会社の奴隷、と勝手に連想するかもしれないけれど、それを言っているのがアメリカの仲間だ、というところがポイント。中村氏は、会社をやめて、日本から脱出し、アメリカの大学教授になってなおなにかの「奴隷」に見える、ということなのだろう。それこそ、「肩書き」とか「おかね」とか、そういったものに束縛されているのかもしれない。だとすれば、アメリカ社会はとっても中村氏にとって住みにくいのではないだろうか。なんだか、ニッポンジンのいやなところを増幅して見せられているような気分になる。たぶん、それが僕の感じた違和感の正体なのだ。どちらにせよ、マスメディアはちゃんとした報道でバランスをとらないと、社会のゆがみに拍車がかかるのではないか。権利と横暴のはき間違えは、危険な世論をつくりやすいのだから。

 さて、構造的問題、と上に書いた。そのあたりの事を考えてみよう。そもそも、「研究者」という言葉が一般に連想させる内容は、おそらく「企業人」とはかけはなれているだろう、ということがひとつ。研究者は自らの研究のために研究し、企業人は自らの属する企業の利益のために働く。企業人の滅私奉公は、企業での終身雇用などによってバランスされているといえる。企業の研究所での「発明」は、したがっていうまでもなくその企業の利益のためになされるものである、というのが本質なのだ。この部分について、終身雇用がくずれてきた現在では見つめなおす必要があることも確か。たとえばその解決策のひとつが企業内ベンチャーである。企業の研究所でなした発明を、あたかも外部の人間が企業に売り込むように「買い取って欲しい」のであれば、それについてのマネジメントを含めた責任を負いつつかかわりをもつしかない。いいかえるならば、企業人としての人生は、その責任を当該企業が肩代わりしてくれるシステムである、ということである。もちろん、企業の研究所でなされた「発明」に必要だった環境もまたその企業によって提供されていたものであることも忘れてはならない。市井の一発明家が企業に自分の作品をうりつけるのとはわけが違う、ということだ。

 もちろん、なされた「発明」がその企業の利益になるかどうかは、企業自身の先を見る目と時代のタイミングに大きく依存する。だから、発明それ自体への「報酬」が後知恵で見たときに不当に低くみえる、ということも起こる。このあたりは経営センスもかかわるだろうけれど。今回の場合、中村氏が青色発光ダイオードを発明した時点で、将来の売り上げが確実に想起されてたのかどうか。どうもされていなかったように思うのだが、だとするとそれは企業に対して自分の発明の将来性をアピールしきれなかった中村氏の能力にも問題があったのかもしれない。もしかすると中村氏自身が自分の発明の本当の価値を当時はわかっていなかった、という可能性すらある。くりかえすけれど、「そういうことのないように」自己管理できなければ企業とはわたりあえないわけだ。当時、2万円しかもらえなかった、と悔しそうにかたる中村氏は、その2万円をもらったときに会社に抗議したのだろうか。五桁違うぞ、と… 従って中村氏が有意義な裁判をおこしたければ、企業内での発明とそれによる成功に対する保障についての約束作りをめざすこと、ということになるのだ。でもその場合、企業を退社していたら保障もなにもないだろう、というのもまた常識でしょうけどね。

 従って、中村氏の「みぐるしさ」はやはりすべてが事後である、という点につきる。会社をやめた「後」、会社に告訴された「後」… この20億円裁判、見えているものが全てではない、ということだ。

 いろいろ調べていて、愕然とした。これは、いくらなんでもひどすぎる。「青色発光ダイオードの発明者」として中村氏の名前のあがっている記載がいかに多いことか。僕自身も最初はすなおにそう思っていたが…「青色発光ダイオードの発明」というのは中村氏では「ない」のだ!! なんたるメディアの「嘘」!!
 話を整理しよう。70年代に、現名城大学教授の 赤崎勇博士が窒化ガリウムの研究に着手、同89年に青色発光ダイオードの開発に成功。青色発光ダイオードの「発明」、つまり、この時点である。そして、その同じ年、89年に中村氏が窒化ガリウムの研究に着手(!!)。その後、「高輝度」の「量産」に中村氏が成功する。それが、「成果」なわけだ。
 だから、「青色発光ダイオードの発明者」は赤崎教授のチームだ。そして、それを「明るくして量産できるようにした」のが中村氏だというわけだ。

 「研究者」とはなんだろう。「技術者」とはなんだろう。中村氏は、アメリカの「ダイガクキョージュ」になるにあたって、「自分は本当は大学よりも企業のほうがあっている。大学では教育もしなければならないが、本当は研究だけをやっていたいから」と言い放つ。さらに、「会社に残っていても効率アップみたいな仕事ばかりで研究者としてすべきことはもうない」と言い切ってもいる。よっぽど「研究者」というカタガキにご執心のようだが、方式が違うとはいえそもそもの中村氏の青色発光ダイオードがらみの成果自体がまさに「効率アップ」そのものではないか。せめて赤崎チームと同時期に切磋琢磨して競っていた、というのならまだしも、これまたあからさまに「事後」なのだから。
 中村氏は、研究者の待遇をうんぬんする。でも、それは、彼が「研究者は技術者よりも階級が上」と盲信していることに起因する「技術者蔑視思想」そのものでしかない。だからこそ、彼は会社を捨てて、アメリカに脱出したのだしね。つまり、「日本の研究者の立場を悪くしている張本人」こそ中村氏自身だ、ということだ。ここに気がつかないと、いつまでも虚偽の情報に躍らされてしまうことになろう。もしかするとこれもまた違和感の源だったのかもしれない。
 中村氏はノーベル賞候補、とかいわれて有頂天になっているけれど、ノーベル賞がはたして「発明者」をさしおいて「応用者」にあたえられるものだろうか… もっというと、「研究者」とは中村氏ほど名誉やら富やらに「執着しないのが常識」なんではなかろうかねえ。赤崎教授と共同開発していた企業は、中村氏のいた会社を訴えている。でも、赤崎教授がなにもいわないのは、それこそ彼が「研究者」であって「技術屋」ではないから、ということだ。では、中村氏はいったいナニモノか、ということだけど、もう、いうまでもないことかもしれないね。

 それにしても、「青色発光ダイオードの発明者中村」なんぞという嘘をならべたメディアこそが、誰ぞを増長させたトラブル元だ(高輝度の量産、とつけば嘘ではなくなるのに)。企業人のノーベル賞候補、というニンジンのせいで、さらに暴走が暴走を呼んだにしても、無責任のそしりはまぬがれないだろう。赤崎教授が裁判をおこさないこと、を中村氏せめてもの魂の平穏のために祈ることにでもしようか。

 十月二日、またしても裁判の結果が一つでた。豊田合成の勝訴。判決の言葉がよい。いわく、日亜の技術は「同業者なら容易に想定し得るもので、特許庁の審決は判断を誤った」と。ナカムラクンの大切なにじゅーおくえんはこれでさらに遠ざかっちゃったねぇ。

 十月十五日、さらにまたひとつ裁判の結果。またもや豊田合成の勝訴。お気の毒さまです。ユニクロのCMで少しは儲けただろうからちっとは満足したかしらねえ。

2001.09.05, 09.07, 09.13,10.02,10.20