目次
1.清水市・静岡県における障害者歯科事業へのこれまでの取り組みについて
2.静岡県障害者歯科事業とその中における清水市の位置づけについて
3.障害者歯科の実際、必然性
4.清水市における障害者歯科事業計画・構想と必要な予算
5.おわりに参考資料
障害者の口腔内の実際
b.全国における障害者歯科事業の実際
過去、清水市における障害者のための歯科診療についての具体的な方策は皆無に等しく、実際の診療は、ほとんど市内の開業医有志により行われてきた。しかしその殆どはいわゆる軽度の障害者であり、中・重度障害者については、止むなく他郡市で全身麻酔などの特殊な方法で行われてきたとされる。
清水市庵原郡歯科医師会の障害者歯科診療への取り組みは、昭和44年県歯科巡回診療車を使った僻地診療の中で障害者施設、宍原荘および宍原学園の健診、診療を行ったことに始まる。その後平成元年、僻地診療が中止されるまで、30歳台の会員を中心に年1回の健診を行ってきた。またこれとは別に、昭和55年より公衆衛生委員会の有志数名による宍原学園の健診及び介助を必要とする障害者の治療を、巡回診療車を使用し年2回行ってきた。しかし、施設統廃合による廃校で平成4年に中止となり、その後宍原荘の健診のみが断続的に行われてきた。この健診は諸事情により平成9年中止され、その後現在までに会としての障害者歯科医療は行われていない。
このように、清水市での障害者歯科診療は、有志による、しかも健診を主としたものが行われていたに過ぎず、自ずから治療の限界が痛感されるところであった。歯科医師会と行政が協力連携した、本格的な事業としての取り組みが各方面から切望されていたゆえんである。
静岡県全体をみても、その障害者歯科への取り組みの後進性が以前より指摘されていた。平成9年6月、本県坂本前副知事から、歯科方面での福祉施策充実の要請があり、これを本県健康福祉部健康増進室長 中村技監が取り次ぐ形で、静岡県歯科医師会公衆衛生部特殊歯科専門部会に諮られ、ようやく本格的な検討が始まったところである。本事業については、県歯科医師会公衆衛生部飯嶋部長をはじめ特殊歯科専門部会員4名と、静岡県内の病院歯科関係、障害者歯科診療経験者等の7名の歯科医師、それに中村技監を含めた13名からなる「病院歯科等合同協議会」にて協議が進められた。この協議会には、清庵歯科医師会からも1名委員を輩出している。
障害者とは、社会的、生理的または医学的に、何らかのハンディキャップを負った人々を指す、福祉から派生した言葉であって、障害者歯科とは、障害者の通常の歯科医療行為を指す。とりたたて健常者と異なる医療行為が存在するわけではない。ただ通常の歯科医療行為を行うための手段・方法と異なるのは、健常者に対するもの以上に「少しの配慮」が必要という点である。これは
汾カ理的(医学的・身体的)特性の理解
行動管理テクニック
。開業医での限界の3点に集約される。
全障害者のうち70〜80%は、開業医での管理が可能といわれている。すなわち、地域のかかりつけ医での治療・予防管理が必要となる。また、開業医の守備範囲超える患者が、20〜30%存在することも事実であり、このような患者にとっては、全身麻酔下歯科治療も視野に入れた、高次医療機関(口腔外科ではなく通常の歯科治療のできる病院歯科)の確保が不可欠ということになる。
すなわち障害者歯科医療の推進にあたっては、
^開業医がかかりつけ医(ホームデンティスト)として障害者の口腔管理にあたる
_病院歯科に受け入れ先を確保する
`コントロールセンターとして情報提供や啓発のための公的機関の設置
などをうまく機能させることが必要不可欠となる。
これをうけて構想された「静岡方式」の特色は下記のように要約される。
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この構想に従い、平成11年2月に、静岡県障害者歯科相談医研修会が開催された。県内より約100名の歯科医師が受講し、清水市庵原郡からも4名の相談医が認定されている。
さらに県と県歯科医師会は、モデル地区事業担当として下記の郡市歯科医師会に委嘱した。清庵歯科医師会は、清水市立病院口腔外科との緊密な病診連携状況、ならびに障害者歯科事業への意欲が評価され、下記の通りモデル地区に指定されている。
三島市歯科医師会
静岡市歯科医師会
清水市庵原郡歯科医師会
藤枝 歯科医師会
浜松市歯科医師会
障害者等における歯科医療の困難性を下表に要約する。
1)歯科医療利用者(患者および家族)の理解またはコミュニケーションに 障害があるため歯科医療に協力が得られにくい……………マ心理的特異性 2)運動機能に障害があるため、歯科医療に適合しにくい………マ行動の特異性 3)健康に問題(有病者など)があることが多く、 4)口腔周囲の機能障害(咀嚼機能・発音・表情など)の 5)障害者の生活環境に問題があり、援助を必要と 6)歯科医療へのアクセスの困難性 7)歯科医師の障害者等に対する理解の低さと、 |
これらの理由に加えて、さらに
@ 健常者に比べて手がかかる |
など、歯科医療サイドの問題点も加わるため、障害者歯科診療の実現、維持には、現実にはさまざまな障壁が存在する。
これらの理由などにより、満足な歯科治療、予防管理を受けられなかった障害歯科患者の口腔内は、
・著しい口腔衛生状態の不良
・これと常用薬物の副作用などによる強度の歯肉炎、歯周疾患
・う蝕歯の多発と歯牙の喪失などに次々に見舞われることになる。
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清水市が例年まとめている統計によれば、市内の知的障害者は約900名前後である。さらに、全体でも増加傾向にある。障害者の歯科疾患罹患率は健常者に比べてはるかに高いと思われるので、これらの障害者のほとんどに、歯科治療及び予防管理が必要であると考えられる。直ちに治療が必要な患者を2割としても、200〜300名の患者をこの事業は対象とすることになる。
障害者歯科診療を円滑に遂行するには、一般の歯科医療機関では対処できない障害者歯科患者に対して、特殊な管理方法−薬物によるコントロール、全身麻酔下歯科治療−の出来る後方支援機関が必要不可欠である。このことは県で進められている障害者歯科事業でも強調されており、いわゆる病診連携と相俟って、各モデル地区ひいては県内のほとんどの郡市での重要な課題となっている。
清水市においては、この障害者歯科診療の後方支援として清水市立病院口腔外科があり、幸いにもこの事業に対しての理解をいただいている。全障害者歯科患者の約1割前後を占めると思われる、こうした積極的な全身管理を要する患者への対応態勢は、他郡市に比してかなり恵まれた環境にあるといえる。
障害者歯科診療でのもう一つの課題は、個々の障害歯科患者がどの程度の管理を要するのか、どのような点に注意して治療を進めるべきか、を的確に判断、評価する機関、人材の確保にある。この、いわば「コントロールセンター」が良好に機能すれば、地域のかかりつけ歯科医、すなわち障害者歯科相談医に振り分けられる患者と、後方支援機関に紹介すべき患者の峻別が可能となり、管理上また治療に際しての混乱は回避されると思われる。
けだし、この「コントロールセンター」をどのように位置づけるか、また、患者の流れをどのように管理するか、これが障害者歯科診療システムの鍵を握る課題といえよう。
現在、この患者評価−紹介システム案は次の2案が考えられている。
(なお、市立病院口腔外科は本来は口腔領域の外科疾患を扱う診療科であり、この障害者歯科診療に関しては、現在のところ常勤職員とは別に非常勤医師1名、非常勤歯科衛生士または看護婦1名の態勢で対処する合意となっている)第1案:
(1) 保健センター内の歯科診療室で「障害者歯科予防教室」(仮称)を開設す
る(隔週程度)ただし、当該診療室の存立意義に配慮し、この外来は障害
歯科患者の全身評価、相談医あるいは市立病院口腔外科への紹介を目的とした
ものに限定する。
(2) 上記「障害者歯科予防教室」で、地域のかかりつけ医で対処可能と診断された
障害歯科患者については、居住地の近隣の県障害者歯科相談医を紹介する
(3) 一般の医療機関では対処が困難、と診断された障害歯科患者については、
第2案(1)のように開設された、市立病院口腔外科内の「障害者歯科外来」で
治療が行われる。第2案:
(1) 市立病院口腔外科に「特殊歯科外来」の一つとして「障害者歯科外来
を開設(週半コマ〜1コマ程度 火曜日or木曜日午後−口外の手術日−を予定)
(2) この外来を窓口として、予約制の障害者患者初診を受け付ける
(3) 障害者歯科外来の業務:a.急性期疾患の応急処置
b.患者の全身的評価、歯科治療の難易度を評価する
b.により 1.健常者と同様、あるいはごく軽度の抑制などで治療可能な患者
は、居住地近隣の障害者歯科相談医(静岡県障害者歯科診療事業
による)に、かかりつけ医として紹介
2.中等度以上の管理下でないと治療の難しい患者に対しては、
市立病院口腔外科が、手術室で全身麻酔下歯科治療、1-2日の
短期入院。(恐らく全体の1割以下程度と予想される)この2案のもっとも大きな相違は、コントロールセンターをどこに持ってくるか、という着眼点にある。第2案では市立病院の口腔外科が全面的に障害歯科患者を集約することになるが、市立病院、および口腔外科の現況で、ある程度以上の人数の障害者の集中は物理的に受け容れ困難となる恐れがある。また、病院歯科からいわば逆紹介された障害歯科患者が、相談医のもとで治療が遂行できなかった場合など、動線が複雑になり過ぎる危険性が危惧される。
これに比べて第1案では、保健センターでの治療行為をどこまでに限定するか、という問題は残るが、患者診療の流れの動線もすっきりしており、後方支援機関としての市立病院口腔外科の位置づけも明確になる。また、実際に障害者が受診する際にも、駐車場が入口から遠く、しかも2階にある病院口腔外科と異なり、入口すぐ近くに駐車が可能で、1階の入口近くにある保健センター診療スペースの方が、はるかに受診、診療が容易である。
このように考えていくと、可能であれば保健センター内の歯科ユニットを用いて、月2回程度の障害者歯科外来、または予防教室を開設し、そこで治療の必然性・緊急度・どの程度の行動管理が必要か、などを判定して、実際の治療への道筋をつける、というシステムが推賞される。
障害者歯科事業は、上記のような、実際の障害者への歯科治療の他にも、下記のようなさまざまな業務から構成されている。
a.清水市内の障害者の口腔衛生状態を把握する。各障害者施設、授産所、作業所など
を定期的に訪問して、治療必要患者の把握、患者、家族、職員などへの予防啓蒙
活動を行い、併せて市民への広報に努める。
b.治療を受けた患者の治癒状況、予後などを把握し、統計的にまとめて学会などに
報告する。
c.静岡県障害者歯科保健機関に参加し、他郡市、病院歯科との連携・情報交換をはかる次に予算であるが、障害者の歯科治療は、迅速で正確な歯科治療技術と複数の熟練した介助者が要求される。また、時には多人数で暴れる障害歯科患者を抑制したり、さまざまな思わぬアクシデントに臨機応変に対処しなければならない。第1、2案いずれを採るにしても、現在の陣容ではマンパワー不足は明らかである。
また、障害者歯科に従事する各担当者は、日本障害者歯科学会に参加、学会発表することにより、他地域、他県の障害者歯科状況の把握、交流を深めていく必要がある。もちろん、静岡県で本年度から発足した「静岡県臨床障害者歯科研究会」にも積極的に参加し、また県・県歯(静岡県地域歯科保健機関)とも随時密接な連携をとらねばならない。
そこで、上記事業の遂行のために、
・通常は保健センターに勤務し、障害者歯科治療の受付及び相談の窓口となる。
・障害者歯科外来開設曜日(現時点では火曜日)には、市立病院口腔外科の障害
者歯科外来にて障害者歯科担当医を補助する
・上記a.〜c.の事業遂行を補助、仲介するなどの業務に従事するパラメディカル・デンタルスタッフが必要である。
以上のことから、この事業の予算規模を下表に示す。(内訳別表)
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5.おわりに 少子高齢化社会の進展及び歯科疾患の動態変化など、歯科医療をを取り巻く環境はまさに激変を来している。またノーマライゼーションの理念のもと、すべての市民が等しく医療・福祉を享受する権利が主張されている。すなわち、障害のある者も障害のない者も、等しく歯科医療を受ける権利を有する。しかし現状を鑑みると、障害者歯科診療は、いまだに一部の歯科診療所での対応に委ねられているのが現状である。一般の歯科診療所において、障害者歯科診療に対するバリアーを取り除き、「かかりつけ歯科医」として障害者に対処するには、一診療所単位では限界がある。そこで、各地区の歯科医師会がリーダーシップをとり、高次医療機関である病院歯科と連携をとる、といったフレキシブルな体制が望まれる。事業面でのサポート役として行政との連携も必要不可欠である。また障害者の各団体や社会福祉協議会との連絡を密にする必要がある。われわれ歯科医師会が主導となりつつも、病院歯科のみならず行政および一般市民の協力が得られてこそ、この事業の成功への途は大きく開けてくるものと信じて疑わない。