インターネット恐怖症


 曲がりなりにもウェブサイトの管理人がこんなことを言うのもどうかと思うのですが、インターネットでのコミュニケーションという奴が、実は苦手です。

 理由はいくつかあるんですが、簡単にいうと怖いからです。
 というのも、インターネットにアップしたテキストや、掲示板への書き込み、送信したメールに至るまで、ネット上でのコミュニケーションは言葉でのやりとりのみで成り立っています。
 これって、発言者の表情が伝わらない分、言葉の意味が伝わりにくい部分があると思うんです。
 僕自身、8年ほど前にそういったことが原因でネット上のトラブルに遭遇したことがあります。
 当時は、まだ草の根ネットが全盛のパソコン通信時代。
 僕が参加していた草の根ネットのあるフォーラムで、論争が巻き起こりました。ある発言に対して、別の人が反論を返し、またそれに対して最初の人が反論をする、というごく普通の論争。
 しかし、それは次第に感情的な対立を深めていき、お互いの思想云々よりも、一連の発言での言葉尻の矛盾を指摘しあう、という泥合戦に突入していきました。「○年○月○日の発言であなたは○○○○と書いているのに、これは昨日の○○という言葉と矛盾する。おかしいじゃないか。だからあなたは間違っている」というように。わざわざ数ヶ月も前の過去ログを引用文として貼り付けて。
 こういうのって、端で眺めていてもつらいんですよね。言葉の揚げ足取りというか……。そこまでやって相手を屈服させなければいけないのか、なんて思って。
 同じように見かねた人がいたようです。
 「もうやめませんか?」と発言した人がいました。
 すると、その発言に対し、論争をしている当人たちではない人から反対意見が出てきたんです。「徹底的に続けさせるべきだ」と。
 驚きました。僕にはどうみてもその論争が建設的な論争には見えず、徹底的に続けたとしても何らお互いに得るものがない論争に思えたからです。
 そこで、よせばいいのに僕も発言してしまいました。
 「言葉の揚げ足取りになってしまっている現状では、やめた方がいいんじゃないかと思います。本来、言葉とは多様な意味を持っているものですし、それを狭義に解釈してたたき合うのは、意味のない行為じゃないかと思うんですが」
 概ね、こんな発言をしたと思います。
 それに対し、論争をしている当人から反論がありました。
 「言葉の多様性、という言葉に甘えて、使う言葉の矛盾を見逃すことに意味があるのか? それを許しては、それこそ言葉のみというネット上の円滑なやりとりの妨げになる。それに、ここは自由に発言してもいいフォーラムのはず。発言の自由を奪うような真似はしないでくれ」
 また、別の方たちからも発言がありました。
 「言葉の揚げ足取りという一言で発言を否定するなんて、何様のつもり?」
 「そんなにいい人ぶっていても世の中は見えてこない。臭いものに蓋をするような優等生発言はやめてくれ」
 「徹底的にやり合うことにこそ意味があるんだよ。甘い甘い」
 などなど。
 発言の総意よりも言葉の端々にこだわっていがみ合うのはやめましょうよ、という意図で発言したつもりだったんですが、それは汲み取ってもらえなかったようです。
 その後何度か発言をやり取りして、結局は僕はそのネットを離れてしまいました。何を発言しても、結局は言葉の揚げ足取りに終始してしまったからです。
 言葉の使い方は、特に日本語は、ともすると使い方が曖昧で、その解釈の仕方は同じ文章でも人によって様々です。しかしやはり、自分では意図してもおらず、予想もしていなかったような意味に解釈され、批判されるのはつらいものがありました。考え方そのものへの反論や批判ではない分、反論のしようがないのですから。
 この件で、僕はネット上には「発言の総意よりも単語ひとつひとつに意識を集中する人がいる」ということを学びました。発言をしたら、どんな人たちからどのように受け取られるか分からないという、恐怖を味わわされた思いでした。
 その恐怖感から、僕はその後ネット社会そのものから遠ざかってしまったんです。
 再び、インターネットの掲示板に書き込みをしたり、メールをやり取りしたりし始めたのは、それから6年ほど経ってからでした。
 怖さが消えた訳ではないのですが、それでも、些細な言葉に目を光らせる人たちだけがネットを構成している訳ではない、と開き直ることにしたんです。
 もちろん、言葉をきちんと選んで、淀みない文章を書いて言いたいことを正確に伝えるという姿勢は必要だと思いつつ、でも自分の能力以上の文章は決して書けませんし、それなりのスタイルというものもありますから、努力しながら自分の好きにテキストを書いていこう、と思っています。
 まず、発言ありき。
 揚げ足を取られることを恐れて発言自体をしなくなったら、何も考えていないのと同じことになってしまいますからね。
 考えたことは、発言する。
 そんな当たり前のことを、少しずつでも、続けていけたらいいな、と思っています。

 ……しかし、色々考えながら書くお陰で、文章を仕上げるのにずいぶん時間がかかるようになってしまいました……これは、何とかしなくちゃいけないな、と思っています。

2001年 9月12日UP