天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.8 狂詩曲

 「浮き岩冷やせ!浮力復元!」
「計器類異常なし!」
「浮力回復!」
「アンカー外せ!帆を開け。」
「出航!」
 ガデス以下山賊紛いの懐かしい顔が出迎えるクルゼードの格納庫にエスカフローネを収め、食料や資材を積み込み、そしてファーネリアからの新たな乗組員、国王バァン、待女メルル、そして幻の月の住人ひとみを乗せると、日も傾きかけた頃、クルゼードは慌ただしくファーネリア城を飛び立った。
 ひとみは、その操舵室の喧騒の中で、一人、誰かの泣く声を聞いていた。
(・・・で、・・りにしないで、・・)
―・・・誰?誰が泣いているの?
ひとみは、ポケットから取り出したペンダントを手に掛けると、目の前に下げて意識を集中さた。ひとみの閉じた瞳の中に、ぼんやりとしたビジョンが現れた。
―・・・小さな子ども?
 「ひとみ、どうしたんだ?」
不意に声をかけられて、ひとみの意識は現実の世界に引き戻された。
「あ、バァン。うん、ちょっと気になる事があって。」
そう言いながら顔を上げたひとみの眼に入ったのは、不機嫌そうなバァンの顔だった。
「ひとみ、そのペンダント、いつも身に着けてるのか?」
「え?・・うん。」
どうしてバァンの機嫌が悪いのか分かりかねて、ひとみは曖昧な返事をした。
「そのペンダントは得体の知れない奴から貰ったんだろう?そんなもの、後生大事に持ってて、もしもの事があったら、どうする。」
「もしもの事って?」
「例えば、その、なんだ、・・・その得体の知れない奴らが、そのペンダントに変な細工をしている可能性だってある訳だし、それから、その、・・・。とにかく、それは、何処か別の場所にしまっておくんだな。ダウジングとかいう奴がやりたいんなら、代わりに、俺が持っているのを使ったら良いんだし。」
バァンの不機嫌な態度と要領を得ない話に、ひとみは少々腹を立てた。
「そのペンダントは、バァンに持ってて欲しいの。それに、このペンダントだったら大丈夫よ。嫌な感じがしないもの。それよりも、なにか懐かしい感じがする・・・」
愛おしげにペンダントを見つめるひとみを見て、バァンは益々不機嫌になった。
「俺はな・・・」
バァンはそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向いて、操舵室を出て行ってしまった。
「あんた、ばっかじゃない?」
メルルも、ひとみの後ろでそう言うと、バァンを追って操舵室から出て行った。
「なんだって言うのよ〜」
ひとみは訳が分からずに、ふくれっ面で、二人の背中を見送った。
「王様ぁ、相変わらず不器用だね〜。」
「こういうとこは、成長してねーな。」
乗組員達がにやにや笑いながら、話している。
 アレンが苦笑しながら、ひとみに声をかけた。
「ひとみ。誰だって、自分の恋人が、自分以外の異性からプレゼントを貰うのを、良くは思わないものだろう。」
「えっ、プレゼントってそんな。これは、そういうものじゃありません。昨日、皆に話したじゃないですか。」
ひとみは真っ赤になりながら、反論した。
「ひとみ。恋とは、理屈では推し量れないものないんだよ。それに、」
―それに、ファーネリア王、いやバァンの事だから、自分が何に苛立っているのかはっきり分かっていないかもしれないな。
「それに、なんですか?」
「いや、なんでもない。」
それだけ言って、アレンは一人でくすりと笑った。
 「お頭〜。色恋沙汰の話なら、ひとみちゃんより王様の方に言ってやった方が良いんじゃないすか〜。」
「ば〜か。王様がお頭みたいになったら、ひとみちゃんが可愛そうだろう。」
「それもそうだ。」
ぎゃははははっと、品の無い笑い声が操舵室に広がった。そう、アレンは、天空の騎士という誉高い名称の他に、『女殺し』の色男という少々困った名称をも合わせ持つ男であった。
 ひとみは助けを求めるように、ミラーナを見た。困ったわねという顔で苦笑するミラーナの、その寂しげな影が見え隠れする瞳を見て、改めてひとみはつぶやいた。
「恋は、理屈じゃ推し量れないっか。」
 その時突然、ひとみの中にビジョンが飛び込んで来た。
―これは、赤い巨人。
鈍く光る茜色の機体に紫黒色のマントをまとった巨大な姿が、空中を高速で移動しながら、こっちに向かってくる。
「アレンさん。赤い巨人が来る!こっちに向かって来てるの。」
「赤い巨人?」
アレンは、ちょっとの間ひとみの顔を見つめると、すぐに指示を飛ばした。
「よし、2時の方向に進路を取れ。この先の渓谷に隠れて様子を見よう。」
 クルゼードの動きの変化に気付いて、バァンとメルルも操舵室に戻ってきた。
「何かあったのか?アレン」
「ひとみが、こちらに向かってガイメレフらしき物が来ると・・。」
その時、潜望鏡を覗いていたリデンが声を上げた。
「お頭、見つけやしたぜ。ひとみちゃんの言う通りだ。赤いガイメレフがこっちに飛んで来る。どこの国のもんかわかんねーけど、ありゃ、ザイバッハ製のオレアデスですぜ。こっちにはまだ気付いていないみてーだ。」
 先の大戦で、政治的に崩壊したザイバッハと言う国は、ガイアで最も科学力が発達した国であった。ゆえに、大戦後、ザイバッハを滅ぼした国々は、魔道士と呼ばれるザイバッハの科学者達を、ガイメレフ等の兵器と共に自国に歓待したのであった。今ではほとんどの国が、ザイバッハ製のガイメレフを幾つか所有している状態にある。もちろん、その事についてはどの国も沈黙を守っているので、ザイバッハ製のガイメレフの所属国を知ることは、困難な事であった。
 バァンはペンダントを手に下げたひとみをちらと見やると、
「エスカフローネで、出る」
と怒ったように言い放ち、操舵室を後にした。
「あ、バァン。ちょっと・・」
「待つんだバァン!」
「バァンさま〜」
皆の呼び声が、バァンの背中に空しく響いた。
 ひとみは、バァンを追って、格納庫へ走った。そして、アレンも。
「王様、お忍びだって事忘れてるぜ。」
「す〜ぐ、頭に血が登っちまうんだから。こういうとこ、変わってないよな〜、王様」
操舵室から出るひとみの背後で、乗組員達が、呆れたように言う声が聞こえた。
 その声と入れ替わるように、ひとみの中にまたあの泣き声が聞こえて来た。
 (・・・で、・・・にしないで、)
「まただ。また、泣いてる。・・・あの巨人?」
 ひとみより、一歩早くアレンの姿が格納庫の中に消えた。
「待つんだ、バァン。あのガイメレフはもしかしたら、」
アレンの声に、エスカフローネに乗り込もうとしていたバァンの動きが止まった。しかし、
「バァン、だめ〜!あの巨人は敵じゃない!」
そう叫びながら走って来たひとみを見ると、バァンはムッとした顔で
「様子を見てくるだけだ。クルゼードじゃ目立ち過ぎるだろう」
と言い放ち、エスカフローネの操演宮の中に滑り込んで行った。
「バァンさま〜!」
振り向くと、メルルが肩で大きく息をしながら格納庫に飛び込んで来た所だった。エスカフローネは、メルルと入れ替わるように格納庫を飛び出すと、その姿を竜に変え、夜気の中に消えて行った。
 「ひとみ、あんたのせいよ、あんたがいるから、バァン様が無茶するのよ!」
「私が居るから?」
バァンを心配するあまり、ひとみに食って掛かるメルルの言葉に、ひとみは何も答える事が出来なかった。

あとがき(というか、おまけのお話)
[!警告!本編の余韻に浸りたい方、真面目に楽しんでいる方は、読まないで下さい]
 *ACT7とACT8の狭間で*(バァンがエスカフローネを動かした直後のお話です)

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