天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.5 暗雲

 「あ〜良く寝た。」
ひとみは、ファーネリア城の貴賓室で、たった今開け放った窓に向かって、大きな伸びを一つした。朝のひんやりとした空気が、寝ぼけた頭にさわやかな活力を与えくれる。
 ひとみは窓枠に肘を着いて、遠くの山影を見ながら、昨日の事を思い出していた。 

 昨日ひとみが、アトランティスのペンダントの謎を抱えて、ファーネリアに飛ばされて来た時、奇しくもそこには、ひとみのガイアでの数少ない友人達が集っていた。
アトランティスの業によって作り出されたガイメレフ『エスカフローネ』のために。
 「アレン。エスカフローネを見たいと言った訳を教えてもらおうか?」
バァンは、エスカフローネを見上げるアレンの横顔に向かって強く言った。アレンと、そしてミラーナは、苦渋に満ちたまなざしでバァンを見た。先に口を開いたのはミラーナだった。
「バァン様。私の父アストン王はファーネリアとの友好関係を破棄しようと考えています。それは、バァン様が他国に武力の縮小を提訴なさっている事が、貿易国家アストリアの国益の妨げになると考えたからです。もちろん私はそのような事には反対です。お父様にも思い止まってもらうようお願いしました。武器の売り買いなどしなくても、アストリアは十分に豊かなのですから。ただ・・・」
言い淀むミラーナの台詞をアレンが引き継いだ。
「ファーネリアは、他国には武力の縮小を提訴しておきながら、こっそりと他国を侵略する準備を整えているのではないかと勘繰る輩が多いのは、ファーネリア王もご存じかと思います。が、今まではそんな戯言は聞き流していれば済んでおりました。しかし、ここ数ヵ月の間に『竜になる白いガイメレフ』がアストリア国内外に出没するという報告が相次ぎ、ファーネリアに対して不審を唱える者を押え込む事が出来なくなっているのです。」
 白いガイメレフならばこの世に何体もあるだろう。しかし、竜に姿を変えるガイメレフとなればエスカフローネ以外には考えられない。
 「そのガイメレフが、エスカフローネだという証拠があっての事か?」
怒りを押し込めたバァンの言葉がアレンに投げつけられた。
「いえ。証拠はありません。」
アレンは頭を振ると、先程よりは幾分穏やかな表情で言った。
「それ由、私自身が赴いて、事の是非を確かめるようにとアストン王に命じられたのです。アストリアを発つ前日にも目撃報告があったのですが、見たところ、エスカフローネは最近この場所から動いてはいないようですね。」
 エスカフローネの機体は、長い間野ざらしになっていたとは思えないほど美しく磨きあげられていた。が、エスカフローネが作り出す影の中に生える草はなく、その外側の草花に踏みしだかれた様子もない。地面を覆う草花が、その場に巨大な物体が長期間存在していた事を告げているのだ。
 「・・・何者だ?そいつは。ファーネリアに恨みを持つ者か、それとも・・・。なあ、アレンはどう思う?」
意外にも冷静な態度を取るバァンを見て、ひとみは一寸驚いた。
―折角バァンに会えたのに。私だって聞いて欲しいことたくさんあるのに。
そんな事を思いながら、バァン達の会話を聞いていた自分を、恥ずかしいとも思った。
 「バァン、王様なんだ。」
ぽつりとつぶやいたひとみの台詞に、メルルが反応した。
「あんた、何言ってんの?当り前じゃない。相変わらず変な事ばっか言うんだから。」
バァンの事を馬鹿にされたような気がして、強い口調でメルルが言った。けれど、ひとみの寂しそうな顔を見ると、メルルはそれ以上、何も言わなかった。
 墓所から戻った一同は、ファーネリア城の広間に通され、豊かな山の幸が並ぶテーブルを囲んで、ひとみから、彼女がガイアに来た経緯を聞いていた。もっとも、ひとみはヴィジョンの事までは語らなかったが。
 「ひとみ、そのペンダントはこれと同じものだと思うか?」
バァンは自分の胸に下がったペンダントを指してひとみに尋ねた。ひとみは不信な男が持っていたペンダントを手のひらに乗せて、慎重に言った。
「多分同じものだと思う。バァンが持ってるペンダントと同じ『感じ』がするもの。でも、」
ひとみはちょっと言い淀むと、複雑な面持ちで言った。
「このペンダントは、私の物だって、そう言われたの。その、うまく言えないんだけど、確かに私の物だって、これは私が持っておかなくちゃならない物だって、そう感じるの。」

 ひとみは、回想を中断し、窓枠にもたれかけていた上体を引き起こすと、ポケットから取り出したペンダントを見つめた。
「私の、もの・・・」
 ひとみは、ふと背後に人の気配を感じて振り向いた。そこには、ひとみのバッグの中味を引っ掻き回しているメルルがいた。

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