天空のエスカフローネ 〜infinite〜

Act.35 同異
 「貴方・・・誰?」
ひとみの問いかけに、スメラの動きが止まった。
「光の柱なら、始めて会った時駅のホームで見たんじゃないんですか?それに、スメラさんは今、もっと上の別の部屋に居るって聞きました。・・・貴方、誰なんですか?」
スメラは、ひとみに向かって伸ばしていた両手を納めると、寂しそうに微笑んだきり、ひとみの問いには答えなかった。
 スメラはゆっくりと体の向きを変えながら言った。
「考えた事はありますか?姿形が同じ者は、その身の全てが同じなのだろうか、と」
「え?」
唐突とも思えるスメラの問いは、ひとみの脳裏に、自分と祖母と翼を持つ自分そっくりの女性の事を思い浮かばせた。
「そんなの、見た目が似てたって、中身は全くの別人に決まってます」
スメラの横顔に向かって強く放たれたひとみの言葉が、薄闇に吸い込まれて行く。
 ひとみの言葉など気にする様子も無く、スメラは静かに言葉を続けた。
「姿形が同じだと言う事は、骨格や筋肉の形が同じだと言う事です。骨格や筋肉の形が同じなら、体の内側、内臓の形も同じ物になります。個々人の顔つきが違っているように、内臓の形にも微妙な個人差があるんですよ。そして、脳の形もね。体の隅々まで伸ばされた神経を通して、生体反応の多くの部分を司っている脳。その脳の造りさえも同じものなら、一定の刺激に対して示す反応も同じものになるはずです。例えば、高い所に登る、暗い場所に行く、そういった事柄に対して不安や恐怖を感じるか否かは、脳の造りの差によって大きく左右される感覚です。もちろん、このような感覚や姿形、才能と言った個人の資質は、成長過程で受ける様々な刺激により錬磨・淘汰されます。全く同じ遺伝子から全く同じに読み出された資質を持つもの同士でさえ、違う刺激を受け続ければ、違う性質を獲得して行くことになります。けれども、よほどかけ離れた刺激を受けない限りは、同じ遺伝子を持つ者が、まるっきりの別人になるなんて事はないんですよ。思考の傾向と言った物さえね」
 ―この人、いったい何を言ってるんだろう。私とおばあちゃんと翼を持ってた女の人が、同じ者だって言いたい訳?
ひとみは話の内容に呆れていた。それに正直な所、スメラの話しの全てを理解するのは困難だった。
 ひとみは、スメラを言葉なく見つめた。
 沈黙が二人の間に横たわった。
 その時、スメラが急に別の誰かとしゃべり始めたのだ。受話器も持たずに電話をするように。
「・・・ああ、落ち着け。神崎ひとみならここに居る。・・・光の柱・・そうだ。無駄だ。
彼女の意思が・・・なん・・・それじゃ彼女は・・・だが・・・私は反対だ!」
 「始めてじゃないのか?私とお前の意見が別れるなんて」
ひとみは、1人でしゃべり出したスメラを呆気に取られて見ていたが、スメラの後方から現れた人物を見て更に驚いた。そして同時に、スメラに感じていた違和感の訳を理解する事が出来た。今ひとみの目の前に居る男と後から現れた男は、全く同じ姿形をしていたのだ。
 「・・・スメラ・・さん。貴方が本当のスメラさんですね」
ひとみの問いかけに、後から表れた男が嬉しそうに笑った。
「そうですよ。私がスメラ。スメラ・アトランティス。そして、そちらの者はスベル。私の影です」
そう言うとスメラは、スベルを見た。
「忘れるな、スベル。お前と私は一心同体。お前は私がいる限り、私と同じ地位も名誉も力さえも持てる身だ。そう、私の影である限り、お前は世界の王に等しい存在。だが、所詮お前は私の影。私が居なければお前の価値など無いに等しい」
そう言いながらスベルに歩み寄るスメラの顔には、不快感が色濃く浮かんでいた。
「私とお前の仲だ、意見くらいは快く聞こう。だが、私に指図をするな!」
 スメラはスベルを一蹴すると、今度はひとみに歩み寄って来た。
「神崎ひとみ。私と共に、この地に留まると決心して下さいましたか。私達には貴女の力が必要です。もちろん、貴女の事は大切にします。貴女の友人達も、無事帰すと約束しましょう」
「じゃあその前に、バァンとメルルに会わせて」
「それは出来ない。あんな野蛮な男に大切な貴女を会わせる訳にはいきません」
「勝手な事言わないで!バァンは野蛮なんかじゃない!人を誘拐したり、傷つけたりするあなた達の方がよっぽど野蛮じゃない!」
 スメラは、つかみ掛からんばかりの剣幕で怒るひとみの背に、左手をまわして言った。
「やはり話が通じないようですね」
スメラの右手がひとみの首筋に触れた、その瞬間、ひとみは意識を失いスメラの腕の中に倒れ込んだ。
「光の柱を使われてはたまりませんからね」
 ひとみの首筋には針で刺したような赤い痕が小さく残っていたが、すぐに跡形も無く消えていった。

 バァンとメルルは、初老の男の言う“ちゃんとした入り口”を通って水槽の部屋を後にした。
 二人は、明るい廊下をしばらく進み、教えられたドアを開けた。
 「に゛ゃー!あいつ、だましたな!」
ドアの内はすぐ壁になっていて、そこには、左右に2枚の金属の板と数字の書かれた沢山のボタンが貼り付いていた。地球上の都市ではお馴染みの“エレベーター”という物だ。だが、バァンとメルルにはこれが何かわからなかった。メルルに関して言えば、一度ならずこのエレベーターの世話になっているはずなのだが、記憶に残るようなまともな乗り方はしていないらしい。
 「もう、バァン様に嘘付くなんて、許さないからね!」
バァンは、ドアの前で叫んでいるメルルの事など気にせずに、一つ向こうのドアを開けてみた。
「メルル、こっちだ」
そう言うと、バァンはドアの中にさっさと入って行った。メルルがバァンの後を追ってドアの内側をのぞくと、そこには上下に向かう階段が設えてあった。メルルは階段を上がって行くバァンを追い掛けながら、
「もっとちゃんと教えてくんないと、困るのよね」
と、小さく呟いた。
 それにしても、どれほどの高さがあるのだろう?健脚の二人でも、階段を上り続けるのは大変だった。
 「バァンさま〜。少し休みませんか〜」
そう、メルルが言った時だ。
「ぃやぁぁぁぁ!!」
女性の悲鳴が二人の耳に飛び込んで来た。
 「え!誰?ひとみ?!」
メルルがそう言う間に、バァンは声のした方に向かって階段を駆け上って行った。すぐにメルルもバァンを追って、階段を駆け上がった。
 二人はすぐ上の階に出ると、ドアの隙間から中の様子をうかがった。丁度、ドアの前を数人の男が通り過ぎる所だった。
 「まったく、とんだお嬢さんだぜ」
「本当にな。暴れ出すと手に追えやしない」
「食事を差し入れるのも命がけだしな」
「それにしても、こう何度も薬を使って大丈夫か?」
「構わないさ」
男達はバァン達には気付かずに、そのままドアの前を通り過ぎて行ってしまった。
 思わぬ光景を見て、バァンとメルルは驚愕した。正確には、男達にぐったりとした体を抱えられた、悲鳴の主と思われる女性の姿に驚いたのだ。
「バァン様、今の女・・・」
「・・・セレナだ」
そう応えるバァンの横顔を、メルルは不安そうに見つめていた。

(つづく)

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