天空のエスカフローネ 〜infinite〜

Act.30 ひとみ・ひとみ

 「ひとみ!!」
『・・・だ・れ?・・あたし・を・呼ぶ・・のは・誰?』
「ひとみ!」
「ひとみぃ!」
『・・こえ・・聞いたこと・・ある・声・・』
「貴様!どういう事だ!?ひとみは元気だと言ったではないか!」
「か、神崎ひとみ様は瞑想の最中であらせられるだけで、具合を悪くしておられる訳ではありません。それよりも、瞑想の妨げになるような大きな声は慎んで下さい。時に、瞑想中のつまずきから心の深遠に捕われ、帰って来れなくなる者もあるのですから」
「そんな・・・ひとみ・・」
 『・・帰って・・来れない?・・前にも・・そんな事が・・あった・・私・・かえる?・・どこへ?・・あたし・が?・・・アタシは?・・・アタ・シハ・・ダレ?』
―私
『アナタ?』
―私と同じ者
『・・ちがう。アタシじゃない』
―私と同じ力を持っている
『違う。私じゃない』
―では貴女は何?
『私?』
―何をしている?
『何を?』
 ひとみは自分の周りを見渡した。ひとみは白い羽根の漂う空間に居た。目の前にペンダントを下げ、独りっきりで立っている。
『ダウジング・・してる』
―どうして?
『?!』
ひとみは弾かれたようにペンダントを胸に抱くと、その理由を思い出すより早く叫んでいた。
『ダメ!!』
 不意に漂っていた白い羽根が吹雪のように舞い飛んだかと思うと、ひとみは透明な丸天井を持つ円形の広場に立っていた。目の前にはあの長い髪の男がペンダントを手にひとみを見つめている。
 「さあ。貴方に占ってもらいましょうか。我々にとって幸運を呼び込むポイント、パワースポットの場所を」
ひとみは男が目の前にかざしたペンダントを静かに見つめた。
 『なんなの?これは。私の記憶?』
ひとみは、自分が過去の記憶の中に居る事に気付いた。それは、自分で夢だと分かっている夢の中にいるような、奇妙な感じだった。
 記憶の中のひとみは、ペンダントを見つめたまま微動だにしなかった。ひとみの視線は、ペンダントと男の背後に立つ有翼人の像との間でぼんやりと揺れていた。
 白い羽根が舞った。そして、情景がまた少し過去にさかのぼる。
 「落ち着きましたか?」
豪華なソファに身を沈めたひとみに、長い髪の男が声をかけた。
「・・・・・」
ひとみは抗議の代わりに沈黙を続けている。そんなひとみに構わず、男は言葉を続けた。
「我々には、貴女と我々が貴女に託したペンダントの力が必要なのです。気分が落ち着いたのならその力を貸して―」
「いや」
男の言葉をさえぎって、ひとみが小さく叫んだ。
「貴女の立場は先程理解して頂けたと思っていましたが」
ひとみは、自分を見下ろす男の視線を避けるようにうつむいた。
「あんなの、偶然よ。でなきゃ、あなた達が仕組んだんだわ」
ひとみの言葉ははっきりとしていたが、その動揺は隠せなかった。
「認めたくなくとも、貴女にはわかったはずです」
男の言葉は、諭すでもなく怒るでもなく、なんの感情も含んでいない。
 ひとみは男を睨み付けた。
「私は・・私はあなた達の力になんかならない。私はバァンの力になりたいの!だから、バァンに会わせて。メルルを返して。私達を帰してよ!」
 男は暫しの沈黙の後、口を開いた。
「力になるどころか、貴女があの異世界から来た二人を巻き込んでいるのでしょう」
感情を抑えてはあるが、怒りと軽蔑のこもった言葉だ。
「え?」
ひとみには思い掛けない言葉だった。男は、驚きに大きく目を見開いたひとみの顔を覗き込むようにして言葉を続けた。
「貴女と一緒でなければ、あの二人が今のような目に遭う事はなかったでしょう。貴
女のせいで、貴女の身代わりとなって、あの二人は傷付いたのです。わかりませんか?あの者達にとって貴女は災厄をもたらす厄介者でしかないと言う事が」
「そんな、私は・・・」
『違う』その言葉がひとみには言えなかった。
 「・・私が・・・」
ひとみの脳裏に、ガイアでの忘れていた言葉がよみがえって来た、「幻の月の住人は災厄をもたらす」と。
「・・そんな・・」
苦悩するひとみの目の前に、いつの間にか男の持つ赤いペンダントが揺れていた。
 ペンダントが揺れる度に、ひとみの意識が薄れて行く。
「力を貸して頂けますね」
ひとみは人形のようにこっくりうなずくと、男に促されるまま部屋を出、円形の広場に続く廊下を進んで行った。
 再び、白い羽根の吹雪がひとみを覆い、ひとみの意識は今少し過去へとさかのぼった。
 ひとみは、有翼人の像の前で、白い翼を背に持つ長い髪の男と対峙していた。 
「バァンは!バァンはどうしたの?!助けてくれるって言ったでしょ!」
瞳に溜まった涙を拭おうともせず、ひとみは男に詰め寄った。
「落ち着きなさい。今、部屋を用意させます。少し休んだ方が良い」
男の言葉を無視して、ひとみは更に男に詰め寄った。
「バァンは何所に居るの?!」
長い髪の男はつまらなそうに口を開いた。
「あの海に沈んだ男、私の下部が血相を変えて医務室に運んで行きました。竜を操るのみならず私と同じ翼を持つ以上、不本意だが我等が同胞として迎えぬわけには行きませんからね」
「われらが、はらから?」
ひとみはおうむ返しに尋ねた。
「アトランティスの血統の事だ」
男は怒ったようにそう言い放った。
 それから、少し声を和らげてひとみに言った。
「そして貴女もです。神崎ひとみ。アトランティスの力を操る者よ」
ひとみにとって、男の言葉はあまりに唐突だった。
「・・何・・言ってるの?」
怪訝な顔をするひとみに、男は今一歩近付いて言った。
「貴女はペンダントの力を想うままに開放する力を持っている。それに―」
男はひとみの背後に立つ像を指差した。
「お、おばあちゃん・・」
その像の顔は、若き日のひとみの祖母に、そしてひとみ自身にそっくりであった。
 ひとみは再び白い羽根の漂う空間に戻って来た。
『なんで?おばあちゃんと・・私と、そっくりなの』
―わからない?
『・・・わからない。どうして?なんで私なの?』
―だから・・貴女は、私
漂う白い羽根の向こうで、長い髪と白い翼を背に持つひとみにそっくりの女性が、無機質に微笑んでいた。

 「!!!」
ひとみの体は声にならない悲鳴をあげながら、バァンとメルルの目の前で、床にくずおれたのだった。 

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