天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.3 ペンダント

 「じゃ悪いけど、あと、ゆかりに頼むね。では、天野先輩失礼します!」
ひとみは、駅前のポストに写真の入った封筒の束を押し込んだ後、天野に大きく頭を下げ、ゆかりに手を振りながらホームに滑り込んできた電車に向かって走り去って行った。
「ひとみー。また電話するね〜。」
ゆかりの言葉に振り向き様、にこっと笑って、ひとみは電車に乗り込んだ。動き出した電車の窓越しに手を振るひとみに手を振り返して応えながら、ゆかりはぽつんとつぶやいた。
「もう3年だね。」
何を言っているのかいま一つわかりかねて言葉を紡げない天野に向かって、ゆかりは悲しそうに言った。
「ひとみが、ガイアって所から帰ってきて、3年たったのよ。ひとみ、今だにあっちの世界の子の事想ってる。今日だってそう。ずっとずっと想ってる。・・・私が、天野先輩と一緒にならなければ、もしかしたら、ひとみは・・・。」
「ゆかり」
天野がゆかりの言葉をやさしく制した。
「ゆかりは神崎の親友だろう。神崎を、神崎の強さを、信じるんだ。」

 タタン、タタン。タタン、タタン。タタン・・・
座席に腰掛けて、電車の心地良い揺れに身を任せながら、ひとみはぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ゆかり、どんどん奇麗になるな〜。」
そうつぶやきながら、ひとみは無意識に右手を胸の前で握り締めた。
「あー、また〜。」
溜息の様につぶやくと、苦笑しながら握り締めた右手を開いて見た。ここには昔、ひとみが祖母から貰ったペンダントが下がっていた。悲しいとき、辛いとき、嬉しいとき、いろんなときに、ひとみはこのお守り代わりのペンダントを握り締めた。だから、ペンダントをあいつに預けた今も、時々無意識にペンダントを握り締めようとしてしまう。
 あいつ、こことは違う世界『ガイア』に住んでいるあいつ。バァン。
 3年前、一時的に行方不明になった事があるひとみは、公にはその間の記憶が抜け落ちている事になっているが、ゆかりと天野と自分の母親にだけはその経緯の全てを語った。自分が、ガイアという異世界に行き、数々の冒険と多くの人に出会った事を。3人は、特に母親は、ひとみが驚くほどあっさりと、ガイアでひとみが体験した出来事を信じてくれた。ひとみは思う。あの時皆がこの話を、特にバァンとの事を信じてくれなければ、ゆかりと天野先輩が一緒になる事はなかっただろうな、と。

 ひとみが家の近くの駅のホームに降り立った時にはもう日が沈んでいたが、夕日の残光をあてにしてか、街頭はまだ灯っていなかった。住宅街の中にある無人駅にしては、今日は珍しく人影がない。ひとみは、のろのろと改札口に向かって歩き出した。数歩も行かないうちに、ひとみの視線の先、改札口から、数人の人影が出てくるのが見えた。その一つにまとまった人影は、ひとみの行く手を阻むように狭いホームに横並びになって立ち止まった。不安になって立ち止まり、一歩後退したひとみを追うように、人影の一部が前進した。茜色と濃紺が競いあう空をバックにしたその人物の顔はよく見えなかったが、その手に握られた物は薄闇の中でもはっきりと見る事が出来た。
「おばあちゃんのペンダント・・・。」
ひとみは目を疑った。下端に尖った金の飾りを持つ楕円形の透き通った石に、小さな赤い石を封じ込めてあるペンダント。今は、あいつが、バァンが持っているはずなのに。
「あなたが神崎ひとみですね。」
その人物は、深い静かな声でひとみに尋ねた。声の感じから二十代の男性だと思われるその人物は、いつでも逃げ出せるように全身を緊張させているひとみに、今一歩、歩み寄って言った。
「これは、貴方の物です。」
そう言いながらペンダントを差し出した男の胸には、その手に握られたペンダントと寸分違わぬものが輝いている。ひとみは困惑した。
「どういう事ですか。」
ひとみは絞り出すように、しかし毅然と応えた。
「それは、我々と一緒に来てもらえば分かります。御一緒願えますね。」
 ペンダントを架けた男の手が、ひとみの腕を捕えた瞬間、ひとみの周りの風景が一変した。真っ暗な空、荒涼とした台地。ひとみはその風景に見覚えがあった。そう、前、ドルンカークと名乗る老人に、始めて会った時見たヴィジョンだ。次の瞬間、大地が波打ち、割け、盛り上がり、その大地の狂乱によって、惑星そのものが粉々に砕け散った。
「きゃーーーーー!!!」
男は、ひとみの突然の悲鳴に驚いて、手を離した。
「・・・バァン!」
ひとみは小さく叫びながら、意識を失った。ヴィジョンの衝撃に耐え切れなかったのだ。
 支えを失った体がホームに打ち付けられる寸前、ひとみの体は光に包まれふわりと浮いた。
 天空から突然現れた光の柱は、男達を圧倒し、ひとみを天高く連れ去ると、夢の様に消えていった。

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