天空のエスカフローネ 〜infinite〜

Act.26 成すべき事
 「エスカフローネが消えた、ですって?」
大きな鞄を肩にかけ、再びクルゼードの操舵室に現れたミラーナは、エスカフローネの失踪を知り驚いた様子を見せた。だが、すぐに自分のやるべき事を思い出し、
「光の柱で消えたのなら、心配しなくても、きっと大丈夫。それよりも、アストリアの軍艦を静めます。つないでちょうだい」
ミラーナは、伝声管の一つに歩み寄りながらそう言った。
 「私は、アストリア王国第三王女ミラーナ・アストン」
王家の者の威厳に満ちた声が船外に響くと、クルゼードの側に居た2機のアルセイデスは艦橋に向けていたクローをあわてて下ろし、直立の姿勢を取った。
「全ての攻撃を中止しなさい。私が、今からそちらに赴きます」
ミラーナがそう言い終わると、アストリア艦の全ての砲門が閉じ、代わりに格納庫のハッチが大きく開いた。   
 次に、ミラーナはクルゼードの側に居るアルセイデスに向かって言った。
「そこの2機のガイメレフ。クルゼードの格納庫前で待機なさい。今すぐそちらへ行きますから、そこから私をアストリア艦まで運ぶのです」
2機のアルセイデスは、躊躇するように顔を見合わせたが、すぐにクルゼードの後部に廻ると格納庫付近で待機した。
 ミラーナは伝声管を離れると、アレンに向き直って言った。
「あのガイメレフが離れたら、すぐにクルゼードを出航させて。そして、必ず白いガイメレフの正体を暴くのです。でなければ、そう遠くない内にファーネリアが戦火に包まれてしまうでしょう。一つの争いは、新たな争いを産みます。ファーネリアで争いが起これば、アストリアも、いいえ、ガイアの全てが再び戦の炎に包まれてしまうかもしれません。ですから、アレン、頼みましたよ」
アレンは、ミラーナの前にひざまずき、はっきりと答えた。
「はっ!アレン・シェザールの名にかけて必ず!」
 ミラーナは、暫し、アレンの姿を見つめると、ドライデンに向かって言った。
「ドライデン、用意はよろしくって?」
「俺は何時でも良いぜ」
旅慣れた商人は、その身一つでアストリア艦に赴くつもりのようだ。
「それでは行きましょう」
二人は連れ立って操舵室を後にした。
 程なく、格納庫から2機のアルセイデスが飛び立つのを確認したクルゼードは、フォルトナに向かって速度を上げた。
 「・・・姫・・」
アレンは誰にも聞こえない程小さな声で辛そうにそう呟いたが、すぐに指揮官としての顔に戻ると、
「アストリア艦からの追っ手は見えるか?それと、ジャジュカのオレアデスはどうした」
アレンの問いに、潜望鏡をのぞいていたリデンは
「追っ手はかかっていない様です。それから、ジャジュカは白いガイメレフを追っかけてったきり姿が見えやせんぜ」
「そうか。ジャジュカの事なら大丈夫だろう」
ひとまず安心といった所だろうか。 
 だが、操舵室の中の張り詰めていた空気が弛んだその時、意外な人物が操舵室の入り口に現れた。
「ドライデン?!何があったんだ?ミラーナ姫は?!」
アレンは、危うい足取りで操舵室に入ってきたドライデンを見て驚きの声を上げた。
 ドライデンは、その場に倒れ込みそうになる体をガデスに支えられ、つぶやくように言った。
「ミラーナは、1人で行っちまった」
「なんだと!ミラーナ姫がたった独りでアストリア艦に?!」
ドライデンの言葉を聞いて、アレンの声が険しくなった。
「反転しろ!アストリア艦に戻るぞ!」
「待て!」
ドライデンは、何かを振払うように頭を振ると、
「勘違いするな。ミラーナだ」
そう言って、手に握りしめた手紙をアレンに差し出した。

 その頃ミラーナは、アストリア艦艦長の出迎えを受けていた。
 「我が艦にミラーナ様を無事お迎えする事が出来、まこと光栄に存じます」
慇懃に挨拶をする艦長は、『狡猾』という言葉が人の形を取ったならこの様な姿になるのかも知れないと思わせる人物だった。
 「艦長、しばらくお世話になりますわ。それから、私は一刻も早くアストリアに戻りたいの。急いで艦をアストリアに向けてちょうだい」
艦がアストリアへ向かえば、当然クルゼードを追う事は出来なくなる。
「それはできません」
艦長は慇懃に、だが冷淡にそう答えた。
「あら、どうしてかしら?」
「我が艦は、これより反逆者アレン・シェザールとその一味を追わなければならないのです」
「あら、その必要はなくってよ。アレンは反逆者なんかじゃないんですもの」
「ミラーナ様。お言葉を返すようで恐縮ですが、彼の者はたった今も、我が身可愛さに、ミラーナ様をこの艦に引き渡し、あっという間に逃げて行ったではありませんか。ミラーナ様がアレン・シェザールに特に目をかけていたのは存じております。が、このような事態になってまで、彼奴をかばいだてする事はありますまい」
「アレンは逃げたのではありません。アレンにはアレンのやるべき事があるのです。それに、私がこの艦に移ったのは私の意思です!」
「しかし、私はアストン王より直々に、ミラーナ様の無事救出とアレン一味の逮捕を命ぜられております。それにアルセイデスが1機戻りません。クルゼードのガイメレフにやられたのです。それを、このまま黙って見のがす訳にはいきません」
 『何を言っても無駄のようね』ミラーナはそう悟ると、二つの指輪がはめられた左手を、艦長の目の前に差し出し、具体的な要望を口にした。
「私を今すぐアストリアへ送り届けなさい」
ミラーナの指に光る指輪は王と女王の証。それに気付き、艦長はかなり動揺したようだった。
 艦長の考えでは、ミラーナの乗ったクルゼードを力ずくで拘束し、ミラーナがなんと言おうと、反逆者としてアレン達をアストリアへ連行出来るはずであった。それが今、クルゼードは彼方へ飛び去り、すんなりと乗艦して来たミラーナは、今すぐアストリアへ連れて帰れと言う。
 艦長が、この予想外の事態にどう対処すべきか考えあぐねているのは明らかだった。
 そんな艦長の様子を見て、ミラーナは指輪のはめられた左手をこれ見よがしに示しながら言った。
「艦長。私はお父様の御病気がまた悪くなったのではないかと、急に心配になりましたの。お父様がまた病の床に伏せるような事になれば、私が国王代理として政務を引き受けなければなりませんし・・」
もちろんこれはミラーナの本心では無い。
 しかし、この言葉は艦長の気持ちを大きく動かした。クルゼードは逃がしたものの、ミラーナの身柄は無事保護出来た。この上、ミラーナの機嫌を損ねてまで、現国王に義理立てするよりも、ここは時期女王であるミラーナの言う通りにしていた方が得策だと判断したのだ。
 「わかりました。ミラーナ様の御意向を汲みまして、この艦はすぐにアストリアへ戻る事に致します。それに、私は考え違いをしておりました。全てに優先する事、それはミラーナ様を無事アストリアへお連れする事に他なりません。ミラーナ様の無事こそが、アストン王を始めとするアストリア国民全ての願いでありますから。・・・ところで、ミラーナ様にはこの私の忠義心、お心の片隅にでもお止め頂ければ、これ程幸せな事はございません」
へつらう様にそう言う艦長に、
「ええ、貴方の事は忘れないでいてよ。それに今回の貴方の働き、私からお父様に話しておきます」
ミラーナはそう言いながら、権力とは便利な物だがその権力を振りかざす自分も、権力に媚びへつらう者を見るのも気持ちの良い物では無いと思った。
 「は!有り難き幸せ」
艦長は深々と頭を下げると、後ろに控えて居た侍女を指し、
「後はこの者達に何でもお申し付け下さい。この者達がミラーナ様の身の回りのお世話を致します」
そう言って、その顔に満面の笑みを浮かべながら、20は若く見える足取りで操舵室に戻って行った。
 結局ミラーナは、アストリア艦がクルゼードを追う事を止めさせる事は出来たが、アレンが反逆者で卑怯者だという艦長の思い込みを、拭い去る事は出来なかった。
―ごめんなさい、アレン。私のせいで卑怯者呼ばわりまでされる事になってしまって・・・。でも、お父様にはきっと分かってもらいます。そうでなければ、ドライデンにあんな事までして、私独りで来た意味が無くなってしまいます。・・・それに、あなた方と離れた事で、私は、私の気持ちを・・・私が一番会いたい人は誰なのかを・・・はっきりと知る事が出来るかもしれない・・・

 ドライデンはアレンに手紙を差し出しながら言った。
「俺は、格納庫に向かう途中で、ミラーナに何か薬を嗅がされて気を失ったんだ。ミラーナの鞄の中は医術の道具で一杯だからな」
ドライデンは、気を失うその刹那『ごめんなさい』と言うミラーナの声を聞いた。そして、気付いた時には既にミラーナの姿は無く、傍らにミラーナの署名の入った手紙が置いてあるだけだったのだ。
 「読んでみてくれ」
ドライデンは、まだ封を切っていない手紙をアレンに渡すと、気の利いた乗組員の用意した椅子に腰を下ろした。手紙の宛名はアレンとドライデン、二人の物になっている。
 『アレン、ドライデン。二人とも、驚いているでしょうね。ごめんなさい。でも私が1人で行くと言ったら、あなた方はきっと許しては下さらなかったでしょう。二人をだますような事になってしまうけれど、こうするしかなかったの。
 私は、一刻も早くアストリアに戻り、お父様を説得します。エスカフローネとファーネリアが無実である事を知らせ、戦など仕掛けないようにと。それが、無益な争いを避けるための、王家の者である私の勤めです。
 アレン、貴方には貴方の成すべき事があります。天空の騎士として、その勤めを立派に果たして下さい。
 ドライデン、貴方には、貴方にしか出来ない事があります。貴方の力で皆を真実に導いて下さい。
 私は、あなた方が1日も早く戻ってくるのを、アストリアで待っています。』
 アレンが手紙を読み終わると、ふいにドライデンが愉快そうに笑い出した。
「ふ、ははははは!こりゃぁ、ミラーナに1本取られたな」
アレンは笑い続けるドライデンをにらみ付けたが、ドライデンはそんなアレンの表情を正面から受け止めて、言った。
「ミラーナの言う通り、これが最良の選択だろう。ミラーナは俺達が思ってるより、ずっとしっかりしている・・・」
 それでもまだ、納得し難い表情をするアレンを見て、ドライデンが言った。
「お前さん『姫を囮にして逃げるような真似が出来るか』なんて事を考えちゃいないか?ま、確かに、俺達が、自分可愛さでミラーナを囮にして逃げたと思われても仕方の無い状況ではあるな」
アレンはドライデンから顔を背けると
「私は騎士だ。姫をお守りする事が騎士としての私の勤め。・・・だが、このガイアの危機を防ぐ事が出来るのならば、騎士の名を汚そうとも私は構わん。姫のお気持ちに答えるためにも、このままフォルトナに向かって直進する!」
「ぉおう!」
操舵室に、他の乗組員達の力強い叫びが上がった。
 そして、その叫び声に呼応するかのように、空の一角が明るく光り始めた。

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