天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.24 祈
 「奴が、何故!!幻の月に!・・っ!メルル」
バァンは左の拳を握りしめ、白いガイメレフの飛び去った方向を悔しそうに見つめた。
 「白い、ガイメレフ?あれがそうなの?」
いつの間にやって来たのか、ひとみの母がバァンの右腕の傷を見ながら言った。
「・・・拳銃の傷を見るのなんて始めてだけど、でも、弾は残っていないようね」
言いながら、ひとみの母は手にしたハンカチをバァンの傷口にきつく巻いた。バァンは痛みに少し顔をしかめたが、黙ってされるままにしていた。
 その会話の途絶えた一瞬、三人を、砂浜に打ち寄せる波の音が包み込んだ。波の音はとても心地よく、そして不安を誘う響きをしていた。
 「・・・行こう、バァン。メルルを助けに」
白いガイメレフの去った方向を見ながらひとみが言った。
「あの男の人、ペンダントだけを頼りに私を捜してたって言ってたでしょう?だから、エスカフローネの事にもゆかり達の事にも気付いてないと思う・・・かなり怪しまれていたとは思うけど・・・天野先輩からだってなんの連絡も無いし。だから」
ひとみの言葉をバァンが継いだ。
「そうか!向こうがエスカフローネの存在に気付いてないなら、奇襲も可能だな!」
 バァンは力強く言うと、ひとみの手を取った。
「急ごう!俺に、ひとみの力を貸してくれ」
ひとみは大きくうなずくと、胸のペンダントを握りしめ、意識を集中した。バァンもひとみに習って目を閉じる。
 暫しの間、二人の行動の意味がわからず、成り行きを見守っていたひとみの母の前に、突風と共に白い影が降り立った。
「エスカフローネ」
ひとみの母は片手で風を避けながら、目の前に降り立った白い竜の名を呟いた。
 「バァン!」
「ああ、来たな」
ひとみとバァンは手を取り合ったまま嬉しそうにそう言うと、すぐにエスカフローネの元へ駆け寄った。
 だが、先にエスカフローネに乗り込んだバァンが、後に続こうとするひとみを制止した。
「ひとみはここで待っていてくれ」
「どうして?私も行く!」
バァンは一瞬、その視線をひとみの母に向けた。
「母君を、心配させるな」
ひとみはハッとして母の方を見た。心配そうにひとみを見つめている母を見ると胸が痛む。だが、
「でも、どうやってメルルの居る場所を捜すの?私だったらきっとメルルの居場所を見つけられる。だから、私も一緒に!」
「・・しかし・・」
 そんな二人の間に割り入って、ひとみの母がバァンに言った。
「ひとみの事、どうか守ってやって下さい」
祈るように言うひとみの母をバァンは辛そうに見つめたが、一つ大きくうなずくと、エスカフローネにひとみを乗せた。
「ごめんね、お母さん。でも私行ってくる。それと、天野先輩に連絡しといて。きっと驚いてるだろうから」
ひとみの言葉を合図に、エスカフローネは沖に向かって飛立った。
 その二人を追う様にひとみの母は波打ち際まで進むと、砂の上に力が抜けたように膝を着き、祈るようにその後ろ姿を見送っていた。

 「きゃっ!」
メルルを捜してエスカフローネが飛び立った頃、メルルは船の中と思しき薄暗い部屋に乱暴に放り込まれた所だった。
 メルルはまだはっきりとしない頭と自由にならない体を冷たい床に横たえたまま、長い髪の男とメルルを捕まえた男が白いガイメレフの上で交わしていた会話を思い出していた。
 『我が君。この獣、如何いたしましょう?』
『大切な御仁に逃げられない為の餌ではあるが、もう必要は無いな。このまま海に捨てても良いが、学者達の試料になるかもしれん。とりあえず生かしておけ』
『御意』
『それから、後程神崎ひとみを迎えに行った時、またあの蛮族が居たら排除しろ。あれは邪魔だ』
『御意』
 メルルは自分の意識が完全に戻るのと、全身の血の気が引くのをはっきりと感じた。
「バァン様!」
―早く、バァン様にお知らせしなくては。バァン様が殺されちゃう!
メルルは、まだ感覚の戻らない体を無理に起こすと、出口を捜し、さして広くもない室内をさまよった。
 格子窓の付いたドアは押しても引いてもびくともしない。部屋に一つきりの丸い窓はいくら叩いてもひび一つ入らない。壁と床も丹念に探っていったが抜け道らしい物は何一つ無かった。
 メルルは、どうあがいてもこの部屋から出られそうに無い事を知ると、力無く床に座り込んでしまった。メルルの瞳は涙で潤み、愛くるしい顔はくしゃくしゃになっている。
 「・・・バァンさまぁ・・」
 丸い窓から入る月の光が、メルルの姿を薄暗い室内に浮かび上がらせている。
 その月明かりに向かってメルルは手を合わせた。
「バァン様。どうかご無事で居て下さい。・・・ひとみ、あんたの力でバァン様を守って・・」
 祈るようにつぶやきながらうつむいたメルルの目に、首から下げた玉滴石のペンダントが映った。ダイが無理やりメルルに持たせたペンダントだ。
「・・・私の事、ちゃんと守るって、言ったくせに・・・」
そう呟くと、メルルは自分を抱き締めるように膝を抱えた。
 室内には、微かに漏れ入る波の音と、それにかき消される程小さなすすり泣きが、いつまでも響いていた。

【蛇足コーナー 後編】
 今回は、『幻の月編』で活躍した皆さんにお話を伺ってみましょう。

 【座談会『幻の月編』】

Prev Act.23 捜物  Contents-Home  Next Act.25 森の中
感想は会議室もしくはメールでこちらまで。


Copyright URIU & M.Daini. Written by URIU and Produced by M.Daini.
この小説を個人的な閲覧目的以外で許可無く複製、転載する事を禁止します。