天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.20 幻の月
 「・・・み?!ひとみ!」
ひとみは聞きなれた、でもひどく懐かしい声に呼び起こされた。
 どの位の間気を失っていたのだろう。
 ぼんやりとしたまま上体を起こしたひとみにまた声がかけられた。
「ひとみ。気が付いた?どこも怪我は無い?」
ひとみは声の主を見て驚いた。
「お母さん!・・・どうして・・」
ひとみの母は、潤んだ目で小さく微笑みながらうなずいた。そして、ひとみの肩を抱くと、
「おかえりなさい、ひとみ」
ゆっくりと、そう言った。
 その母の背後、うっそうと繁る樹木の間から白く光る小さな月が一つ見える。
「・・・私、帰って来たんだ・・・」
 ひとみは呆然と辺りを見回して、もう一度驚いた。
「バァン!メルル!」
ひとみの視線の先に、地に伏せて微動だにしない二人が居た。そしてその後には白い飛竜=エスカフローネの姿も・・・
「・・・どうして・・なんでこんな・・・」
狼狽したまま立ち上がってバァンに駆け寄ろうとしたひとみを、ひとみの母の静かな声が引き留めた。
「落ち着いて、ひとみ。あの二人なら大丈夫。あなた同様、しばらくしたら目を覚ますわ。」
それでもひとみは、バァンの傍に駆け寄らずにはいられなかった。
 月明りの下、地に張り付くように横たわるバァンの傍らに膝を着き、その背中が規則正しく上下する様を見て、ひとみは安堵のため息をついた。
「よかった、ちゃんと息してる・・・」
そしてひとみは、母親を振り返って照れくさそうに笑った。
 そんなひとみに微笑み返す母の背後に人気の無い社が見える。
「・・ここ、高校の近くの神社?!」
ひとみは自分が今居る場所がどこか理解した。ここは、ひとみがバァンと共に始めてガイアに旅立ったその場所だ。
 ひとみは何か運命的な物を感じた。だが、そんな感傷に浸っている暇はなかった。
「ひとみ。その子達が目を覚ましたら、すぐに場所を変えましょう。なんと言ったかしら?…その、白い竜みたいな物は飛べるんでしょう?」
「エスカフローネよ、お母さん。でも、なんでそんなに慌ててるの?」
ひとみの母はちょっとの間考え込むと、困った様な顔で言った。
「あなたが居なくなってから、変な人たちが家の周りを見張りだしたの。少し前までは外出の度に尾行が付いたりもしたわ・・・あの人達、多分ひとみを探しているんだと思うのだけど、何か心当たりは無い?」
ひとみは『心当たりなんて、そんな事言われても・・』と言いかけて、ふと思い出した。
「私、変な男の人にさらわれそうになったの!でも気が付いたら、ガイアに飛ばされていて・・・」
「光の柱に運ばれて?」
「うん」
「今もあなた達、光の柱に運ばれて来たのよ。あなたをさらおうとした人達、今の光の柱を見て、きっとここへ向かっているわ」
ひとみの母は厳しい顔でそう言うと、一呼吸置いて言葉を続けた。
「・・・でも誰が、どうしてひとみをさらおうとしたのかしら?」
「わからない・・・」
ひとみは頭を振りながら、胸のペンダントをそっと握り締めた。
 「・・・ひとみ?・・どこだ、ここは・・・」
その声にひとみが振り返って見ると、体を起こしたバァンが不思議そうに辺りを見回している。
「ここは、幻の月?!」
鳥居を見つけてバァンが言った。小さな傷みをこらえるように。昔ここで自ら手に掛けた地竜の事が思い出されたのだろう。
 「・・・バァン様・・・」
メルルの意識も戻ったようだ。
 「バァン、メルルも、気が付いた?いきなりで悪いんだけど、すぐにここから離れよう。訳は後で話すから」
ひとみは立ち上がりながらことの外明るく言った。まるで自分自身を元気付けるかの様に。
 「痛っ!」
バァンの後ろで、立ちあがろうとしたメルルから小さな叫びが上がった。
「メルル?!」
ひとみとバァンの声が重なる。見ると、さっきくじいたメルルの足が赤く腫れ上がっている。
「これはひどいわ。すぐに手当てしないと」
ひとみの母がメルルの足を診て言った。
 「この子は私が車で運ぶわ。ひとみ、家の近くの海岸にある松林、わかるわね。あなた達はエスカフローネと一緒にそこに隠れていなさい。後で迎えに行くから。」
「でもお母さん、車、どこに止めてるの?」
ひとみはこの社に上がって来るまでの長い石段を思い浮かべた。
 ひとみの母は、ひとみとバァンに向き直って言った。
「この社の裏手に、小さいけど参拝者用の駐車場があるのよ。そこまでこの子を運ぶの、手伝ってくれる?」
「わかった」
そう答えるひとみの横で、バァンはひとみの母にうなずきながらはっきりと言った。
「メルルの事。よろしく頼みます」
 メルルは3人のやり取りを不満げに聞いていたが、文句は言わなかった。ただ、車に乗せられると、 
「バァンさま〜」 
泣きそうな顔でそう言った。
 「メルル、大丈夫だ。すぐにまた会える」
「バァンさま・・」
バァンの言葉にメルルは瞳を潤ませて、首を大きく縦に振った。

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