天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.2 バァン
 「・・・ひとみ。」
天空に、白く小さく輝く月を従えた、青い大きな星を見上げてその青年はつぶやいた。
 黒い髪、深く紅い瞳、日焼けした逞しい四肢を持つその青年は、幼さが残るその面差しに寂しげな笑みを浮かべたまま、その世界『ガイア』で『幻の月』と呼ばれる大きな月を見つめていた。
 「バァンさま〜。」
背後で声がしたかと思うと振り向く間もなく、バァンの腕に、弾むように少女が抱きついてきた。少女と言っても、ウエスト丈のシャツに膝丈のスパッツ、サンダル履きの出立ちから覗く四肢には、体毛とそれからなる独特の模様が伺え、頭には大きな耳、腰からは長いしっぽが伸びている。その愛らしい姿は猫の皮を被った人の様だ。
「こんな所にいらしたのですか、バァンさま。メルル探しました〜。」
バァンの腕に、猫の仕草でじゃれつきながら、すねた声でメルルは言った。
 ここは、バァンが治める国ファーネリアの城内にある空中艇発着塔の上だ。ここにもうすぐ、天空の騎士の称号を持つアストリア王国からの使者、アレンがやってくる事になっている。バァンは、久しぶりの再会と、王としての雑務からの息抜きのため、一足早くこの場に来ていた。本来ならば王自ら、他国の使者の出迎えなどしないものだが、アレンは特別だ。今は亡きバルガスを剣の師とする兄弟弟子のようなものだし、何より先の大戦で共に死線を潜り抜けてきた仲間なのだから。
 それに、今は一人になりたい気分だった。
 バァンは先の大戦を教訓に、力に頼らない平和な国造りを目指し、ファーネリア王国を再建してきた。その手始めに、先の大戦で武勇を馳せたガイメレフ『エスカフローネ』を、駆動のためのキーとなるエナジストを抜くことで封印したのだ。エスカフローネはこのガイア世界でも屈指のガイメレフだ。その強さと美しさ故に、エスカフローネを我が手にと願う者も少なくない。そんな力の象徴とも言えるエスカフローネを封印し、尚且つ武力を縮小するという事は、ファーネリアを、他国からの侵攻の脅威にさらす事にもなった。もとよりファーネリアは、竜の棲む森に守られているというだけでなく、勇猛を誇る侍を抱えることから、小国と言えども他国の侵攻を免れてきたという歴史がある。今はまだ、大国アストリアが友好関係を結んでくれているから良いが、いつ何時他国が攻め入って来るかわからない。
 もちろん、バァンは他の国々にも武力を削減するよう提訴し続けて来た。しかし、一度手にした力をやすやすと手放す王などいる訳もなく、バァンの努力は空しい物になっていた。
―ファーネリア王のおっしゃる事はもっともだが、武力を放棄した途端、他国が攻め入ってこないという保証がどこにあるというのだ?
何度も聞かされた台詞がバァンの頭の中で、こだまする。
「俺は、間違ってなどいない。」
そうつぶやくバァンの言葉は、しかし、迷いに満ちた響を含むものだった。
 バァンのつぶやきには気付かずに、メルルがバァンの腕につかまったまま、にゃおにゃおと文句を言っている。
「バァンさまは国王様なんですから、こんな所においでになる必要はないんです〜。お部屋にお戻り下さい〜。」
メルルにとってバァンは世界一偉い方なのだ。バァンが誰かを出迎えるなんて事は許せない。今すぐ部屋に戻り、ノースリーブのシャツに安っぽいパンツなんて平服を、正装に着替えさせ、王座に座った状態で謁見させなくっちゃという使命感に燃えている。そんなメルルをうるさがりもせず、泰然とあしらうバァンの姿は、元気の余った子猫の相手をしている飼い主の様だ。
 メルルの抗議も空しく、すぐにアレンの船クルゼードが姿を表わした。
 「これはこれは、ファーネリア王自らのお出迎えとは恭悦至極に存じます。」
クルゼードから降り立った碧眼の騎士が、金色に輝く長い髪を風に揺らしながら、恭しく跪いた。
「うん。アレン、久しぶりだな。」
「お久しぶりです。ファーネリア王。」
アレンの背後からすみれ色の瞳を持つ金髪の女性が姿を表わした。
「ミラーナ姫。」
「驚きました?バァン様。」
ミラーナは、その美しい顔にいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。丈の長いシャツにくるぶしまであるパンツを履き美しい金髪を一つに束ねた彼女の姿は、姫と呼ぶにはあまりに軽装であるが、全身から立ち上る高貴さを打ち消すほどの物ではない。
「実は私、アレンが各国を回るようお父様から命ぜられたのを機会に、ドライデンをアストリアに連れ戻しに行こうと思いつきましたの。名高き天空の騎士と一緒ならば何が起きても安心ですものね。ああ、お父様からの許可はちゃんと頂いてあるから心配なさらないで。」
バァンはアレンを見た。アレンは、困ったという風に苦笑しながら頷いた。
 ドライデンは、政略結婚で結ばれたミラーナの夫であり、次期アストリア国王である。先の大戦の後、戦の被害を被った人々の生活を再建する手助けをしたいと言ってアストリアを立ち去って以来、一度も戻ってこないらしい。
 ―私にふさわしい男になって戻って来るだなんて、私がそんなに待てると思っているのかしら。
元々ミラーナにとっては不本意な結婚だったのだから、始めの頃はそう言って、ドライデンの事を見限る様な口ぶりだった彼女。けれど、ミラーナの事を一方的に溺愛しているドライデンが旅先から送ってくる数々の珍しく美しい品、そしてなにより、添えられた直筆の手紙に少しづつ心を開いていったようだ。今ではミラーナ自身はっきりと、自分はドライデンの妻だと口にするようになっていた。もとより、ドライデンを憎からず思っていたのだから当然の事かもしれない。それに、国を挙げての盛大な婚儀を行ったのだから、お互いがどう思おうと、どういう行動を取ろうと、公にはドライデンはミラーナの夫で、次期アストリア国王なのだ。  
 しかし、次期国王が国外に出たっきり戻らないというのは、由々しき問題である。ミラーナの父であるアストン王の命により、幾度もドライデンを連れ戻すための使者が送られたが、皆丁重に送り返されて来た。ミラーナに、先の大戦時、病の床に着いたアストン王の代理として、アストリア国を立て直し統治するという責務がなければ、彼女はもっと早い次期にドライデンの元に向かっていたはずだ。今回の件は、最近になってやっと昔の元気を取り戻したアストン王が、ミラーナに無理やり承諾させられたものである。それにしても、アストン王も寄る年波だと言うのに、末娘のおてんば振りやら次期国王の長期不在やらで、心労の癒える間もないだろう。
 バァンは、取り敢えずは自分の関わる事ではないと判断したのだろう、一呼吸置くと話題を変えた。
「ところで、アレン。わざわざ出向いて来てまでの用とはなんだ。」
バァンはアレンの返答を待った。ミラーナが表情を曇らせてアレンを見つめた。アレンは呼吸を整えると、バァンの瞳を見据えて言った。
「ファーネリア王。エスカフローネをお見せ願いたい。」
アレンの唐突な申し出に、バァンはしばし沈黙した。エナジストを抜かれ、森の奥にある王家の墓の傍らで銅像と化したエスカフローネの姿を、アレンは一度ならず目にしている。なのに、一体なぜ?
「どういう訳があるのか話してもらえないか?」
バァンはアレンに向かって静かに言った。
 とその時、バァンの背後で大音響と共に空が割けた。一同が振り向いたとき、割けた空から光の柱が現れ、王家の墓目指して一直線に降りて来るのが見えた。

Act2あとがき(猫娘の衣装についての考察)
 どーも、うりうです。エスカばなし楽しんで頂けているでしょうか?今回あとがき付けたのは、メルルの衣装について、思うところがあったからです。
 お話創るにあたって、登場人物の服装は原作と変わらないものをと考えているのですが、メルルの衣装だけは、ACT2のように『ウエスト丈のシャツに膝丈のスパッツ』となってます。なんで変えたかっていうと、もともとのAラインのワンピースもかわいくって私大好きなんですが、お尻が見えちゃう時があるってのがどうしても許せなかったんです。特に、今回は前回から3年たってる設定ですから、16才の娘さんが人前でお尻出したりしちゃあダメよってな訳で、活動的なメルルに合わせて、履き込みが浅くて丈の短いスパッツにファーネリア風のがっぱがっぱしたシャツを着せるってのを考えついたんです。スパッツは、後ろにスリットとそれを止めるためのマジックテープが付いていて、尻尾をスリットに通したあと、テープで止めるというような履き方をします。そいでもって、腕を振り挙げた時なんかに、おヘソがちらっと見えちゃうの。まあ、一歩間違えるとエアロビの人、下手すると今どきの小学生になっちゃうんだけど、どんなもんでしょう?

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