天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.19 逢魔時
 燻し銀に鈍く光る2機のアルセイデスは、クルゼードの艦橋を挟むように左右に分かれて停空すると、その腕先に装着されたクローを操舵室に向かって構えた。
 更に、少し遅れてやってきたアストリアの軍艦から、操舵室に集まって成り行きを見守っていた一同に、信じられない言葉が浴びせられた。
 「アレン・シェザール!及びクルゼード乗員一同に告ぐ。ファーネリア王国及び反逆者ジャジュカと共謀し、アストリア王家第3王女ミラーナ・アストン様拉致の罪状により、貴様等とその船を拘束する!!」
その罵声にも似た響きの言葉にクルゼードの乗員全ての表情が凍り付いた。
 中でも一番狼狽していたのはミラーナだった。
「そんな。私が拉致されているですって。どうしてそんな誤解が起きているの。お父様は私の書いた親書を読んでいらっしゃらないの」
 だが、ミラーナはすぐに気を取り直すとアレンに言った。
「アレン。クルゼードを軍艦に寄せて。私が直接話をしてみます」
「俺も行こう」
ドライデンが名乗りを上げた。
 「俺も・・・」
「王様はだめだ」
バァンの言葉を制してドライデンが言った。
「あんたが行くと話が面倒になる。取り敢えずは俺とミラーナに任せてもらえないか。」
少しの間、バァンは黙ったままドライデンを見つめた。
「わかった。その代わり俺は、いつでも出られるようエスカフローネで待機する」
バァンの言葉にドライデンとアレンは黙ってうなずいた。
 「ジャジュカ。オレアデスも待機だ」
アレンの言葉に黙ってうなずくジャジュカに、ドライデンが声をかけた。
「あんた、最悪の場合はダイとメルルを連れてクルゼードを離れるんだ。あいつら、俺達が抵抗しない限り危害を加えることはまず無いと思うが、・・・獣人にも紳士的な態度が取れる奴らだとは限らない。軍の中には、獣人を嫌う頭の悪い連中が多いからな」
 「ひどい言いようだな」
ドライデンの言葉に、不快の色を浮かべてアレンが言った。
 今まで黙っていたダイも文句を言った。
「待てよ!3人もどうやってオレアデスに乗るんだよ」
「クローにつかまれ。4本もあるから大丈夫だろう」
事も無げにジャジュカが言った。確かにオレアデスには4本の‘ツメ’がある。しかし掌に当たる部分は無いのだからジャジュカも無茶な事を言う。だが無理な事では無い。ダイは反論出来そうに無い事を悟るとあきらめて口を閉じた。
 ドライデンはアレンに向き直って言った。
「別にあんた達の事を言ってる訳じゃない。ただ、誰が何の為にあんな奴らをよこしたのかはさておくとして、あいつらがまっとうな輩で無い事だけは確かだと思うぜ。考えてもみな。あいつらがアストン王の命令を楯にアレンを拘束しようとする。だが形式上、ミラーナはアストン王と並ぶ権力を持つ身だ。ミラーナがアレンの拘束を拒否すればその命に従わない訳にはいかない。まっとうな奴ならここで板ばさみ、にっちもさっちもいかなくなるわけだ。だがここに、そんな役に立たない奴を送ってくると思うか?俺だったら命令に絶対服従してくれる視野の狭い奴か、義よりも金って連中を雇うぜ。頭が固くて力ずくでも任務を遂行する奴等をな」
一瞬、操舵室の中に沈黙が訪れた。
 「そうだな」
バァンは硬い表情でそう言うと、メルルとダイを伴って操舵室を出て行った。
「我々は出撃準備にかかる」
バァンに続きながらジャジュカが言った。
「“出撃”じゃなくて“発艦”だ。戦じゃないんだぜ」
ドライデンはそう言ったが、ジャジュカに聞こえたかどうかわからなかった。
 「さてと、あんたはどうするんだ?」
ドライデンは部屋の隅にぽつんと立つひとみに声をかけた。
「私・・・どうしたら・・・」 
 実の所、ひとみは先程からの話合いを別世界の事のようにぼんやりと聞いていたのだ。ドライデンの問いかけにも現実感が伴わない。
―ここじゃない。私が居なければいけない場所はここじゃない・・・ここじゃない、どこか・・
ひとみは誰かに呼ばれているような気もしていたが、本当の所はどうなのかさえよく分からない。
 「ひとみ。ひとみ、大丈夫?」
ミラーナが心配そうにひとみの顔を覗き込んだ。
 ひとみはミラーナの呼ぶ声を遠くに聞きながら、白い羽根の降る場所に立っていた。白い羽根が雪の様に降る。胸の前に掌を差し出してみた。その掌の上にも羽根が積もる。
「?!」
掌に紅に染まった羽根が降って来た。見回すと白い羽根の中にぽつりぽつりと紅の羽根が混じって降っている。ひとみは空を見た。白絹に紅を散らしたような空だ。
 突然、その空を突き破るように白い竜=エスカフローネが現われた。
 「いやーーーっ!」
ひとみは自分であげた小さな悲鳴で我に返った。
―いやだ。すごく、嫌な、感じ
 「どうしたの、ひとみ。大丈夫?」
ミラーナが心配そうに自分を覗き込んでいる。ひとみは震える唇から言葉を絞り出した。
「・・来るの。あの白いガイメレフ。後ろから、来る!」
 操舵室の中に緊張が走った。そして、アレンの顔に苦汁の色が濃く浮かんだ。
 クルゼードは今しもアストリア軍艦に接舷しようとしている所だった。今ここでエスカフローネとオレアデスを発艦させればアストリアに対する宣戦布告と取られてしまうだろう。しかし出来ることなら今ここで、白いガイメレフを取り押さえたい。
 ドライデンが軽い調子で言った。
「騒ぎの原因が来てくれるんだ。エスカフローネを出して、そいつと一緒に居る所を見せつければ、ファーネリアにかけられた疑いも晴れて一石二鳥だな」
「エスカフローネを出すだと?危険すぎる。軍を甘く見るな」
「別に、俺は甘く見ているつもりはないんだがね」
人を食ったような言葉の調子とは裏腹に、ドライデンの瞳は怖いほど真剣だった。
 ドライデンの瞳から何かを読み取ったのだろうか、アレンは少しの間考え込むとひとみに言った。
「ひとみ。すまないが格納庫に行って白いガイメレフが現われた事を皆に知らせてくれないか。くれぐれも、こちらから発艦の合図があるまでは待機しておくようにと付け加えて」
「はい」
ひとみはアレンの言葉に素直にうなずくと、操舵室を後にした。
 「良いのかい、王様とジャジュカが大人しく待つとは思えないが」
「ただの建て前さ」
一瞬、アレンとドライデンに不敵な笑みが浮かんだ。
 アレンは顔を引き締めると、ミラーナに向き直って言った。
「姫。クルゼードは姫達がアストリアの軍艦に移り次第、すぐに白いガイメレフの追跡に移りたいと思います。暫しの別れを、お許し願えますか」
「アレン・・・」
ミラーナは苦しそうな表情で何か言いたげにアレンを見つめたが、
「わかりました。皆さん気を付けて。私はこれからあちらの船に移る準備をします」
そう言って操舵室を出て行った。
 「良いんだな?」
ドライデンの問いに背中を向けてアレンは答えた。
「姫を危険な目に合わせる訳にはいかない。・・・ドライデン、姫の事頼んだぞ」

 格納庫では、ひとみの話を聞いたバァンとジャジュカが今にも発艦しようとしている所だった。
「だめよ!バァン。アレンさんに言われたんだから、まだ出ちゃだめー」
バァンはひとみの制止を振り切ってエスカフローネに乗り込むと、格納庫の外部ハッチを開いた。
 しかしそこには待ち構えた様に、青銅に鈍く光るアルセイデスが停空していたのだ。
「待ちくたびれちまったぜーぇ。へっーっへっ。大人しく言うことを聞く振りしといて、懐に入った所を狙うたぁ、さすが獣だぁ。卑怯臭くてムシズが走るぜぇぇ」
アルセイデスは罵声と共に、格納庫に居るメルルとダイ、そしてオレアデスになめ回すような視線を投げつけた。
「ほぅ。女も居るたぁついてるぜ。結構上玉じゃねぇかぁ。へっへっ」
ひとみを見つけたアルセイデスから下品な笑い声が響いた。ぞっとするほど嫌な声だ。ひとみは知らず、自分で自分の体を抱きしめていた。
 「黙れ!」
エスカフローネがアルセイデスに向け剣を放った。アルセイデスはからかうようにその一刀をかわすと伸縮自在のクローの一撃をひとみに向かって打ち出した。
 ひとみは横に跳躍し、すんでの所でクローの切っ先をかわした。間髪を容れず、メルルとダイをクローが襲う。が、エスカフローネの刃の一振りがその鋭い切っ先をなぎはらった。
 「はぁっはぁ!すげぇすげぇ。簡単にはあたらないもんだなぁ、え?」
アルセイデスから嫌な笑い声が響いた。
「どういうつもりだ!」
バァンが怒気のこもった叫びを上げた。
「あぁ?別に俺は俺の仕事をこなしているだけだぜぇ。ミラーナ王女をアストリアに無事連れ帰る。そんで、その邪魔をする奴は俺の好きにして良いってなぁ!ひぃっひっ。久しぶりの獣狩りだぁ、うれしいねぇ!」
その叫びと共にクローの一撃がメルルを狙った。間一髪、悪意の切っ先から逃れたメルルだったが着地の時に足を傷めてしまったようだ。床に座り込んだまま動けずにいる。
 「やめろぉーーーお!!」
エスカフローネが刃を振り上げた。だが、宙を飛ぶアルセイデスにはかすりもしない。
 ―くっ、動きが取れない。格納庫を出る事さえ出来たら・・・
 バァンは先ほどから格納庫を出る隙を伺っていたのだが、おどけるように、だが巧妙に浮遊するアルセイデスが邪魔をして格納庫から出る事が出来ないでいた。
 「はぁあーーー!!」
突然、今まで沈黙していたオレアデスからクローが打ち出された。その流体金属性のきらめきは、弧を描きながらアルセイデスを数周し、その機体の動きを封じてしまった。
「ファーネリア王!今の内に3人を連れて外へ!」
 バァンはエスカフローネを竜の姿に変えると、ひとみをエスカフローネの背に乗せた。ダイはその細い体からは想像のつかない逞しさで足をくじいたメルルを抱き抱えると、身軽な動きでエスカフローネに走り込んだ。
 「俺はジャジュカと行くから」
ダイはメルルを下ろすと、そう言ってエスカフローネを離れた。
「あんた、大丈夫なの?」
メルルは思わずダイに声をかけた。
「あ!心配してくれんだ。うれしいなー。あのな、こんな無茶なクローの使い方してるんだ、すぐにでも俺が整備しなけりゃオレアデスがダメになる。オレアデスから離れる訳にはいかないんだ。だから、気にしないで先に行ってくれ!」
 バァンはダイに向かって強くうなずくと、エスカフローネを発艦させた。
 動きの取れないアルセイデスから嫌な罵声が響いてきた。
「仲間を置いてけぼりにするなんて、かわいそうじゃねぇかぁ、はーっはっはぁ。うれしくなっちまうぜぇー」
だが、バァンはその挑発を無視してクルゼードのすぐ上空に出た。 
 「来た!」
ひとみが短く声を上げた。
 その時、そこに居合わせた人々は見た。二つの白い竜が合い見えるのを。
 青白い軌跡を従えて姿を表わした白いガイメレフは、ほんの一瞬速度を落してエスカフローネと向き合った。だが、すぐに速度を上げるとフォルトナの方向に飛び去って行った。
 「逃げるのか!」
バァンが後を追おうとしたその刹那、アストリア軍艦からエスカフローネに向けて砲弾が発射された。
――あたる!!
 そう誰もが思った瞬間、エスカフローネが光りの柱に包まれた。
 砲弾が光りの柱を突き抜け、そして光りの柱が消えた後、エスカフローネの姿はどこにも居なくなっていた。

(つづく)

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