天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.18 悲劇的序幕
 「会いたかった・・・」
「え?」
振り向くと、ひとみは白い羽根の降る只中に立っていた。ゆっくりと降る羽根は、霧のようにひとみの視界をさえぎっている。
 白い羽根の霧の向こうからまた声がする。
 「ずっと、あなただけを想っていた・・・」
「誰?」
ひとみは立ちすくんだまま辺りをうかがった。
 いきなり、白い翼がひとみを包み込むように霧の中から現われた。
―バァンじゃない!
「いや!」
白い翼から逃れるように、ひとみは羽根の霧の中を走り出した・・・

 「・・・み、ひとみ。おい、どうした!ひとみ」
ひとみが意識を取り戻すと、そこにはひとみを心配そうに覗き込んでいるバァンの顔があった。
「・・バァン・・・」
ひとみは床の上に座ったままの姿勢で、ぎくしゃくと辺りを見回した。
 バァンの向こうには、剣を抜いて座すエスカフローネが見える。足元に落ちているのは剣を磨くためのヤスリのようだ。
「大丈夫か?ひとみ」
薄暗い格納庫の中に、バァンの声がかすれた響きをたてる。
 「・・あれは・・・」
―誰・・?
ひとみは、突然恐怖に眼を見開くと、バァンの胸に飛び込んだ。
「バァン!」
―いや!怖い!
突然ひとみから抱きつかれ戸惑うバァンだったが、黙ったまま、震えるひとみを優しく抱き止めてくれた。
―あれは誰?とっても嫌な感じ・・・
 「・・・バァン、私、怖い・・」
ひとみが泣きそうな声でつぶやいた。
 旧ザイバッハ帝都を発って二日目の事だ。

 現在クルゼードは、旧ザイバッハ帝都から南に広がる無人地帯を航行していた。超巨大なイスパーノの工房船を召喚するには無人地帯が妥当だと思われたからだ。
 そして、その航路の遥か延長線上にはフレイド公国・フォルトナの地があった。
 出航前、航路を決めるための話し会いの席でドライデンがある提案をしたのだ。

 「旅先で集めた情報だが、お前さん達の物と良い具合に符合しているな」
この先共に旅することとなったドライデンが、白いガイメレフの目撃情報を印した地図を見ながら感嘆の声を上げた。談話室の卓上に置かれた地図の上には、白いガイメレフの目撃された地点とその進行方向が矢印で表わされている。そして、その印はザイバッハからフォルトナに至るルートに集中しているのだ。
 ドライデンは地図を指でなぞりながら続けた。
「例のガイメレフがアストリア周辺に出没し始めたのはここ数ヵ月だそうだが、フォルトナの辺りには1年近く前から出没してるって話だ。そういう訳で、俺としちゃぁイスパーノの奴らから何も情報が得られなかった場合はだ、フォルトナまで足を伸ばしたいと思っているんだが、どうだ?」
 一同は小さくうなずき、沈黙をもってドライデンの提案に賛成した。
 「しかし、気に入らないな・・・この動き」
バァンの短いつぶやきを受け、ドライデンの顔に不敵な笑みが浮かんだ。
「気付いたかい、王様。そうだよ、ザイバッハとフォルトナに共通するモノと言えば・・・」
「アトランティスの力」
苦々しい声音でアレンが答えた。

 「ちょっとひとみ!あんたこんな所で、何バァン様にべたべたしてんのよ!」
メルルの嫉妬に満ちた声が、格納庫でバァンに抱かれ震えていたひとみに向かって投げつけられた。
 メルルの声で我に返ったひとみは、顔を赤く染め、あわてて立ち上がると軽くメルルをにらみつけた。
「良いのかしら〜?もうすぐみんなが来るんだけど」
メルルは涼しい顔でひとみを見ると、嫌味たっぷりにそう言った。その言葉通り、ひとみがメルルに言い返す間もなく皆が格納庫の入り口に姿を表わした。
 ―そうだった
これからイスパーノの工房船を召喚する。それをバァンに伝えるために格納庫に来た事をひとみは思い出した。
 バァンはいつの間にかエスカフローネの胸部ハッチを開いて準備を整えている。誰かが格納庫の後部ハッチを開けると、午後の傾いた陽光が格納庫の中を明るく照らした。
 「じゃ、始めるぞ!」
エスカフローネの胸部ハッチの上に座ったドライデンの言葉に、一同は大きくうなずいた。ドライデンは皆に軽くうなずき返すと、エスカフローネの操演宮内に取りつけられた救助信号を作動させた。
 次の瞬間、エスカフローネの頭部から、光が稲妻のように空に向かってほとばしり出た。その目も眩むような閃光は、白いガイメレフ=エスカフローネを造り上げた伝説の匠、異次元に住まうイスパーノ一族にも届くはずだ。
 しかし、しばらく待ってもイスパーノの工房船は現われなかった。
「どうしたんだ。現われないぞ!」
一同がいぶかしげに空を見上げた時、伝声管からリデンの声が響きわたった。
 「お頭!そこにいますか?!」
「私だ。何事だ?」
伝声管から聞こえるリデンの報告に、アレンの顔が見る見る険しくなっていった。
「アストリアの軍艦が居る?どういう事だ?!」
 予想外の出来事に一同が急いで操舵室に戻ると、アストリアの軍艦が肉眼でも見える距離まで迫っていた。
「・・なぜ、このような所にアストリアの軍が・・・」
ミラーナのつぶやきをかき消すように、リデンが叫び声を上げた。
「アルセイデスが2機も出てきた!お頭、どうしやす?!」
動揺する一同の中でただ一人悠然と構えていたドライデンが、
「やけに重々しい雰囲気だな。戦でもおっぱじめようってのか?」
思案深げにそう言った。相手から友好的な雰囲気が微塵も感じられないのだ。
 「あんな物が来たからイスパーノの船が現われなかったのよ。イスパーノの人達は争いには関わらないって・・・」
ひとみの言葉に一同は黙ってうなずいた。
 しかし今は、目前の事態をどう受け止めるかに皆の思考は囚われていた。

(つづく)

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