天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.17 市場にて
 「まっ、イスパーノの奴らをこんな街中で呼び出す訳にはいかんだろう。明日にでも出発出来るよう準備を整えておくんだな。食料その他物資の調達は俺の方で手配しよう。」
 ドライデンの提案=新たな目標を前に勇み立つ一同だったが、結局の所、クルゼードの出航は1日空けた二日後となった。クルゼードに積む食料や物資の調達に思いのほか時間がかかったのだ。
 だが、文句を言うものは誰もいなかった。なにせこの先どこで補給が受けられるのかわからない。必要な物が揃わない内に出航するのは危険でさえあるのだから。

 出発を前日に控えた午後、ひとみ、メルル、ミラーナの3人は、物資の調達やクルゼードの機体整備、今後の航路について検討する男性陣から追い立てられるように、市場見物に繰り出していた。
 「私達にだって、航路を決める話合いに出る権利はありますわ。」
露店の並ぶ通りを歩きながら、ミラーナは不服そうにそう言った。
 夜の食事はドライデンの顔が利く街の食堂でという約束になっている。ミラーナと並んで歩くひとみは、苦笑いを浮かべながら、
「みんなが、ミラーナさんや私達に息抜きさせてあげようと思ってのことでしょう。あ、ほら、あのお店かわいいー」
ひとみはミラーナの腕をつかむと、アクセサリーを扱っている店の前に走り寄った。
 「ほら、これなんか、ミラーナさんに似合いそう」
ひとみが金細工のスカーフ留めを手に取ってミラーナの前にかざすと、ミラーナは諦めたように大げさなため息をついた後、いたずらっぽい笑みを浮かべてひとみに言った。
「ひとみ。私の好みをまだ理解していないようね。私ならこちらを選ぶわよ」
ミラーナが青金石のはめ込まれたブローチを手にした所で二人は見つめ合ったまま、くすくすと笑い出した。
 「ミラーナさんならこっちよ!」
「ひとみにはこれが似合うんじゃない?」
今しがたまでのミラーナの不機嫌が嘘のように、二人の楽しげな笑い声が店の外まで響いた。
 そんな二人の後ろから店をのぞいていたメルルの肩を軽く叩く者が居た。
「よっ、メルル。こんな所にいたんだ」
メルルは相手の顔を見て、悲鳴を上げた。
「に゛ぁぁーーー!な、なんであんたがここに居るのよ!」
メルルの声にひとみとミラーナが振り返ると、そこには白い体毛を日の光りに輝かせて機嫌良く笑うダイがいた。
 「いやぁー、荷物まとめてクルゼードに行ったら、メルルは市場に行ったって言われてさ、俺探しに来たんだぜ」
にこにこしながらそう言うダイに、メルルは大きな耳をうなだらせ心底うんざりしたような顔で言った。
「荷物まとめてクルゼードにって、何しに行ったわけ?」
「もちろん、一緒に旅に出るためさ!」
「あんた・・・マジなの?」
「何が?」
「私達について来るって」
「あったりまえじゃん!嫁さんと離れ離れになる訳にはいかないだろ」
「あのねぇ、嫁になんかならないって言ってるでしょう。だいたい、昨日会ったばかりで、どうして嫁にしようなんて思うわけ?」
「だって、お前かわいいもん」
「理由になってないわよ!もう!それに私、怒ってるんだけど。わかってんの?」
「怒った顔もかわいいぜ〜」
 ひとみもミラーナも二人の漫才のような会話を呆れた様に聞いている事しか出来なかった。
 と、初老と見られる店の主人が、笑いながらダイに声をかけた。
「おいおい。ダイに嫁が来たって聞いちゃいたが、お前、まだ口説いてさえいなかったのか?」
笑う度に鼻の下にたくわえた髭が優しく揺れる。
 ダイは店の主人を見ると、にぱっと笑って話しかけた。
「おっちゃん!なんかこの子に似合うのないか?」
店の主人はまた愉快そうに笑うと、
「ダイは昔からせっかちだからのう。」
そう言いながら、店の奥に飾ってあったペンダントを手に取った。
「これなんかどうだ?たしか幸福を意味する石だったと思うんじゃが」
店主の手の中には、無色透明の石を金細工で縁どりしたペンダントが、優しい輝きを放っていた。
「玉滴石か。それにする!」
「そうか。御祝儀価格にしといてやるからな」
店の主人は笑いながらペンダントをダイに手渡すと、メルルに声をかけた。
「メルル、とか言ったな?お嬢ちゃん。ダイの事、よろしくな」
少し寂しげにそう言う店主の顔を見て、メルルは黙ったまま何も答えなかった。

 メルルは店を出た所で、街を案内するからと言うダイにどこへともなく引きずられて行った。
 二人を見送った後、ひとみとミラーナは市場の店を一通り見て歩き、今は通りの隅に置かれたベンチに腰掛けて、屋台で買ったジュースを飲んでいた。
 ピスカスの果汁に蜂蜜を加えて作ったというジュースの甘酸っぱさは、歩き疲れて火照った身体に心地良いものだった。
 「メルル、大丈夫かな?」
一息ついた所で、ひとみはダイに連れて行かれたメルルの事を思い出していた。
「大丈夫よ。待ち合わせの時間までには店に来るって言ってたじゃない。それに、本当に嫌だったらもっとはっきりした態度をとるんじゃなくて?」
ミラーナの言葉に、ひとみはジュースを口に運びながらちょっと考えて言った。
「そう言われてみれば、そうよねぇ・・・」
ミラーナは手にしたジュースを傍らに置くと、ベンチの後ろに手を付いて、空を見上げてつぶやいた。
「私、なんとなくわかるの。あの子の気持ち・・・」
「え?」
ひとみはミラーナの横顔をじっと見つめた。
「たとえ好きな相手じゃなくても、あんな風にはっきり『好き』って気持ちを伝えられたら、満更でもないのよね」
「え?・・・」
―ドライデンさんの事を言ってるのかな?
ひとみは何と答えて良いかわからず、あわててジュースを口に運んだ。
 「ねえ、ひとみ」
突然ミラーナがちょっぴり意地悪そうな笑みを浮かべてひとみに問いかけてきた。
「ひとみがバァン様に『好き』って言われたのはいつだったの?」
「ひぇ?バ、バァンに?」
突然の問いかけに取り乱したひとみを見て、
「ひとみって、確かアレンの事が好きだったのよね。でもいつの間にかバァン様と恋仲になっているんですもの。ねぇ、やっぱり、幻の月に帰ったひとみをバァン様が連れ戻しに行った時に告白されたの?」
ミラーナがうっとりと瞳を輝かせてひとみに詰め寄った。
「えっとぉ、バァンからは『好き』なんて言われた事ないよ、私」
頬を染めしどろもどろにひとみは答えた。
「まあ!ひとみはそれで満足なの?」
「だって・・・いつだって、バァンの想いを感じてるから・・・」
照れ臭そうにそう言うひとみを見て、
「・・・それはそれは、ごちそうさま」
手を広げ、芝居がかった仕草でミラーナは言った。ひとみはミラーナの言葉とあまりの照れ臭さで、何も答える事ができなかった。
 「でも、本当の所はどうなの?」
しばらくの沈黙の後、ミラーナが口を開いた。
「?」
「なぜ、アレンではなくバァン様を選んだの?」
うつむいたままひとみに問いかけるミラーナの横顔にはうっすらと苦汁の影が落ちていた。
「・・・会いたかったから」
「?」
雲の切れ間から見える二つの月を見つめて、ひとみは言った。
「あの時・・・戦いばかり続くガイアが嫌になってその想いで地球に帰った時。・・・バァンが、ずっと私の事、呼んでた。私も、バァンに会いたくて・・・もう一度バァンに会いたかったから・・・」
「二人の想いで、ひとみはガイアに帰ってきた?」
「うん」
「アレンの事は?」
「アレンさんの事は、あの時は、自分では本当に『好き』だと思ってたし、バァンの事は『好き』とかそういうんじゃなかったの。でも、地球に帰ってみて自分の気持ちがわかったの。本当に会いたい人はバァンだったんだって・・・」
ミラーナは、ひとみから目をそらすと、二つの月を見上げてつぶやいた。
「本当に会いたい人・・・・」
ミラーナのつぶやきを最後に、沈黙が二人を支配した。
 しばらくして、市場の雑踏の中に聞き慣れた声を聞きつけ、二人は振り返った。そこには二人を呼ぶ仲間達の姿があった。
 ミラーナは、迷わずバァンに駆け寄って行くひとみの後ろ姿をぼんやりと見つめ、おもむろに立ち上がると、ゆっくりと皆の方へ歩いて行った。

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