天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.14 慟哭
 「バァン・・・」
驚いてそう言ったきり、次の言葉が出てこないひとみを見つめたまま、バァンはその場にたたずんでいた。
 「ファーネリア王。ひとみに用があったのではないですか?先程からそこに居られたようですが」
ジャジュカにしては珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言うと、今度はひとみの方を振り返って言った。
「ひとみ。料理の方は私が引き受けよう。」
「ジャジュカさん・・・」
ひとみは困惑に満ちた顔で、ジャジュカを見、バァンを見た。
 バァンも困惑の色を浮かべてジャジュカを見た。どうやら、ジャジュカの存在が意外だったらしい。だがバァンは、すぐにひとみに向き直るとゆっくりと口を開いた。
「・・・ひとみ・・おまえに言う事があって来たんだ。その、メルルから、ひとみは厨房に居ると聞いて、今なら二人だけで話ができると・・あ、いや、別に俺は、そんな意味で言っている訳じゃなくて・・」
 ひとみは、頬を赤く染めながらもごもごと喋っているバァンを見て、思わず噴き出してしまった。ひとみの可笑しそうな笑顔を見て、バァンは不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。背も伸びて、顔つきも精悍なものになったのに、目の前に居るバァンはひとみと始めて出会った頃と変わらない少年のままのバァンだった。
 ひとみはひとしきり笑い終えると、バァンに尋ねた。
「私に話って?」
バァンは、二人に背を向けて大鍋の前に立つジャジュカを一瞥すると、ひとみを厨房の外に誘い出して言った。
 「その、ペンダントの事なんだが」
バァンの言葉にひとみは心臓がきゅっと縮むのを感じた。
「やっぱり、俺のペンダントを使わないか?」
「・・・」
ひとみは黙ったまま、別段怒った風でも無いバァンの顔を見つめた。
「この間の俺は、冷静さに欠けていた。そのせいで、ジャジュカと一戦交えたり、皆にも心配をかけた。・・・でも、やっぱり心配なんだ・・・」
バァンが、ペンダントが元で口論した時の事を言っているのはすぐにわかった。
 黙ったままのひとみを見て、バァンはそっぽを向いて言った。
「・・その・・怒ったりして、すまなかった」
頬を赤く染めてそう言うバァンを見て、ひとみは驚きと嬉しさが同時に込み上げてくるのを感じた。
「ううん。私も、バァンが心配してくれているのに素直に聞かなかったから・・・」
「・・ひとみ」
二人はほっとした笑みを浮かべて見つめ合うと、お互いのペンダントを交換した。
 ひとみは、祖母の温もりと新たに加わったバァンの温もりに満ちたペンダントを両の手で包むと、愛しそうに胸に抱いた。
 とその時、ひとみの中に突然ビジョンが飛び込んできた。
 ひとみはバァンの顔を見上げて叫んだ。
「バァン。何かが凄い速さでこっちに向かって来る!」 
 ひとみの叫びは厨房に居るジャジュカにも届いた。
 ひとみとバァン、そしてジャジュカはすぐさま操舵室に向かって駆け出した。
 すぐ先で、厨房に向かって歩くメルルを見かけたひとみは走りながら声を掛けた。
「メルル、ごめん。あと、よろしく!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!何があったの?お鍋はどうしたのよ!」
しっぽを立てて叫ぶメルルの前を、3人はあっという間に駆け抜けて行った。

 ひとみの話を聞いて操舵室は騒然となった。
「何か見えるか?」
アレンは潜望鏡を覗くリデンに言った。
「今の所、何も見えやせんぜ」
潜望鏡を覗いたままそう言うリデンの声にはいつものおどけた響きが消えている。
 ひとみは先刻バァンと交換したペンダントを手に掛け目の前に下げると意識を集中させた。
「・・そんな・・」
ひとみの小さな叫びに、一同の視線が集中した。
「エスカフローネが・・来る」
 ひとみの言葉に、アレンとジャジュカが同時に声を上げた。
「ひとみ。どの方角だ!」
「どこから来るのだ。ひとみ」
 2人に詰め寄られたひとみは一呼吸置くと、クルゼードの後方を指差して言った。
「後ろから。クルゼードに向かって、凄い早さで飛んで来ます。」
ジャジュカはひとみの台詞が終わらないうちに、操舵室を飛び出した。すかさずアレンが皆に指示を飛ばす。
「格納庫のハッチをあけろ!オレアデスが出るぞ!機関室、いつでも最大船速が出せるよう準備しておけ!リデン、相手の姿はまだ捕えられないのか?」
「お頭、見えやした!何かがこっちに向かって来る!でも、速すぎて何だかわからねぇ」
リデンの困惑した叫びを聞いて、
「俺にも見せてくれ!」
バァンが潜望鏡を覗き込んだ。
―この速さは・・・
 その間に、オレアデスはクルゼードの後方に陣取り、ひとみが言う『エスカフローネ』が姿を表わすのを待った。
 それは、一瞬の事だった。
 小さく広げた翼を持つ体にその四肢を引き寄せた白い竜の姿、バァンのエスカフローネでさえ一度しか取りえなかった高速飛行形態の『エスカフローネ』が青白い軌跡を残しながら異常な速度でクルゼードの脇を通りすぎた。
 「ぅうおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」
飛び去る相手を追いかけるオレアデスから、ジャジュカの咆哮が響き渡った。
 「速度全開!急げ!」
アレンの指示が飛び、クルゼードも全速で後を追ったが、相手の異常な速度に追い付くのは不可能だった。
 ほぼ全員が『エスカフローネ』の追跡を諦めた時、
 「セレナーーー!!」
クルゼードの遥か前方を飛翔していたオレアデスからジャジュカの悲しげな咆哮が響いた。
 アレンは、『速度を落とせ』という指示を出さぬまま『エスカフローネ』が飛び去った方向をいつまでも凝視していた。
 「何がありましたの!?急に速度を上げたりして」
操舵室の入り口にミラーナが姿を表わしたが、振り返る者は誰もいなかった。
 ―今のが、セレナさんをさらった白いガイメレフ・・・
ひとみはほんの一瞬だけ見えた、『エスカフローネ』を操縦していた人物の狂ったように風に舞う長い髪が目に焼き付いて離れなかった。

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