天空のエスカフローネ 〜infinite〜

ACT.11 焦心

 エスカフローネとバァンの傷が治るのをクルゼードの上で静観していたジャジュカだったが、アレンの視線に気付くと、再びオレアデスに乗り込み皆の前に降り立った。
 オレアデスを降りたジャジュカはアレンに向かうと短く言った。
「セレナがさらわれた。」
少し離れた場所に立つひとみ達にさえ、アレンの顔から血の気が引くのがはっきりとわかった。次の瞬間、アレンはジャジュカの襟首を掴むと、拳を握り締めて叫んだ。
「貴様!セレナの傍についていたんじゃなかったのか?!」
ジャジュカは辛そうな表情で静かに答えた。
「そうだ。私はセレナの傍に居た。セレナは私の目の前でさらわれたのだ。白い竜に変わるガイメレフに。」
アレンはその意外な答えに目を見開くと、振り上げていた手を力なく落とし、うつむいて黙り込んでしまった。
 アレンの手から解放されたジャジュカは、バァンとエスカフローネにその視線を移した。バァンは、ジャジュカの視線を真直ぐに見返したが、その二人の視線に割って入る者があった。メルルだ。
「無礼者!恐れ多くもこのお方は、ファーネリア王国国王、バァン・ファーネル様なるぞ。人さらいなどと一緒にするな!」
その小さな体に似合わぬほど大きく、りんと響く声でメルルが言った。ジャジュカの顔に、驚きの表情が走った。
「そうだ。セレナをさらったガイメレフとこのエスカフローネは別物だ。」
アレンも、怒りと悲しみを押し殺た声でそう言った。
 ジャジュカは表情を緩めると、少し寂しげな顔で言った。
「そう、私の勘違いですね。アレン殿と一緒にいる者がセレナをさらう訳がない。」
ジャジュカはバァンに歩みよると、深々と頭を下げて詫びた。
「申し訳ない事をした。」
バァンもひとみも、そのくすんだ金色の体毛を持つ犬人の誠実な態度に好感を持った。
「良い。傷はこの通りもうなんともないんだ。顔を上げてくれ。」
そう言うとバァンは、ジャジュカにふっと笑って見せた。
 「あの。」
ひとみがジャジュカの前に歩み出て言った。
「私、聞こえたんです。小さな子供があなたに呼びかけているのを。『ひとりにしないで』って。」
ジャジュカの目が大きく見開かれた。
「あなたは?」
「私は、ひとみ。神崎ひとみです。」
「そうですか。あなたが幻の月の・・・。その声はきっと」
「セレナだ。」
ジャジュカが言うより早く、アレンがその妹の名を口にした。
「セレナ・・・」
その場の重い空気の中に、アレンの悲痛な声が染みわたる。
 暫しの沈黙の後、ミラーナが声を上げた。
「みなさん、こんな所にいつまでも居ては、風邪を引いてしまいますわ。お話しはクルゼードに戻ってから伺いましょう。」
ミラーナの言葉に、ガデスが素早く反応した。
「よし、クルゼードをここに着陸させろ。エスカフローネとオレアデスを回収する。」
ガデスの良く通る声に従って、クルゼードの乗組員達は皆、自分の持ち場に散って行った。
 クルゼードに戻りながら、ミラーナはジャジュカに詰問した。
「ジャジュカ、あのオレアデスは王宮から持ち出した物ですね。」
「はい」
「お父様の許可は?」
「ありません。借用の許可を求めましたが、聞き入れてもらえませんでした。」
短く答えるジャジュカにミラーナは大きなため息をもらした。
「なんてこと。あなた、反逆者扱いされるかもしれなくってよ。」
「私には、すでに追っ手がかかっています。報告がすめば、すぐにクルゼードから離れます。」
「あなたはどうするの?」
「セレナを探します。」
ミラーナは形の良い両眉を寄せると、また一つ大きなため息をもらした。

 結局ジャジュカは、クルゼードに残る事になった。ミラーナの提案だ。
 「ジャジュカ。あなたさっき、ドライデンがザイバッハ方面にいるって言ったわね。」
クルゼードの談話室にミラーナの声が響いた。
「はい。私がアストリアを出る少し前の伝聞ですが。」
「わかりました」
談話室にいる皆―ひとみ、バァン、アレン、メルル、ジャジュカ、ガデス―の視線が
ミラーナに集中した。
「ドライデンを探しましょう。」
きっぱりと言うミラーナの言葉に、室内がどよめいた。
「ミラーナさん。何もこんな時に」
ひとみの抗議に、ミラーナは毅然と答えた。
「確かに、私の旅の目的はドライデンをアストリアに連れ戻す事。でも違うの。事態がここまで混迷している中、私達にはドライデンの知識と情報が必要だとは思わなくって。それに、次期国王のドライデンが一緒ならば、ジャジュカの罪に対する咎めもなくなるのではないかしら。」
ミラーナは一気に語り終えると、一同を見回した。
「俺は、お姫さんの意見に賛成だ。」
ガデスが声を上げた。
「どっちみち、白いガイメレフがどこにいるのか、今の俺達にゃわからないんだ。ザイバッハに向かいながら探すってのも手だと思うが。王様はどう思います。」
ガデスは、隊長であるアレンではなく、バァンの意見を求めた。そもそも、クルゼードの旅の目的は白いガイメレフの正体を探る事であって、今向かっているアストリアを目的地としているのはバァンだけなのだから。
 暫しの沈黙の後、バァンがゆっくりと口を開いた。
「俺がファーネリアを出て来たのは、まず、アストリアでエスカフローネの潔白を証明するためだ。だから俺は、一刻も早くアストン王に会いたい。」
バァンは一呼吸置くと、アレンとジャジュカを見ながら言った。
「だが、白いガイメレフの正体を暴く事が、エスカフローネの潔白を証明する一番の早道なのも確か。俺は、このまま白いガイメレフ探しを続ける。」
ミラーナはほっとした表情でバァンに言った。
「ありがとうございます、バァン様。お父様には私から、その旨を書き記しました親書を出しておきますわ。」
 かくして、クルゼードはその進路をアストリアからザイバッハへと変え、旅を続けるのであった。

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