「住みつづける家」

「かさべるで」は、僕が独立して事務所を開いて最初の住宅設計になります。
当時30代だった、建築主のOさん夫妻も今は60歳を過ぎ、やはり当時幼稚園と小学生だった二人の子供達も独立して、「かさべるで」は夫婦二人だけの住まいになりました。

さいわい、僕は「かさべるで」のすぐ近くで、ずっと仕事をしてきたので、自分が設計した住宅を毎日、30年近く見続けてくるという稀な経験をしています。自邸でもない限り、これは本当に稀有なことであると同時に、自分の仕事にいつもフィードバックしてくるものがあり、貴重な体験をしているともいえます。

僕は、住宅は生きていると思っています。その生き物としての住まいが、家族と共に歴史を刻んで、共に成長したり、年を重ねてゆくように思えます。
そのためには、その住宅が家族に愛されていることが大事なのだと思います。
幸い、「かさべるで」はOさん夫婦にも、巣立っていった子供達にも愛されていたように思います。

今年(2009年)の初夏に、「27年目のオープンハウス」という企画で、この住宅を一般の方たちに見てもらい、貴重な感想を聞くことが出来ました。
その時にライターの市川隆さんに、第三者の目で見て、この27年を経た「かさべるで」が住宅としてどのように見えるのか、文章にしてもらいました。
それを、現在の写真と共に見てもらおうと、このページを企画してみました。

  ※かさべるで(Casa Verde)はスペイン語で「緑の家」の意味。大きなケヤキの木と共に、緑の多い環境にちなんで命名しました。

「カサベルデ」・設計者、施工者との幸せな関係

「奇跡的に戦災で焼けなかった地域」なのだそうです。

都内の地下鉄駅から徒歩5分ほどの、幹線から1本入ったところ。都心とは思えないほど静かな一画に「かさべるで」は建っていました。

「かさべるで」は小島さんが独立してから初めて手掛けた住宅で、10年以上想設計工房が一室を借りていた建物でもあるそうです。ご主人のOさんは、小島さんの奥さんの先生だった人。「かさべるで」が1982年の竣工ですから、それ以前から、つまりもう30年以上のつきあいということ。これは建て主と建築家の関係として、理想的な形といえると思います。以前、築後の建物を見て回る企画をお手伝いしたことがありましたが、築15年程度でもまったく関係が切れてしまっている例がほとんどでした。「かさべるで」では、施工を手掛けた建設会社もすぐ近くで健在だといい、設計者とも施工者とも良好な関係が続いているのは、この土地と同じように「奇跡的」なことかもしれません。

Oさんの小島さんに対する信頼は、今も揺らぐことはなく、「かさべるで」の後、両脇に建つ二つの建物の設計もOさんからの依頼により、小島さんが担当しています。そして今は、最新の建物の1階が小島さんの事務所。「かさべるで」はOさんはもちろん、小島さんにも見守られながら今に至っている幸せな建物でもあるのです。

1本のケヤキをめぐる思い

「かさべるで」の前に立って、まず気付くのは建物の正面に立つ大きなケヤキの木。区の保存樹に指定されている立派な木です。樹齢は聞きませんでしたが、竣工時の写真でもすでにかなり大きなので、40〜50年はたっているのでしょう。

夏は生い茂った葉が日差しを遮り、冬は落葉した枝の間から日光が差し込みます。「2階を事務所で借りていたときも、この自然のパッシブソーラー効果は実感しました」と小島さんもその効用を語ってくれました。直接的な効果ばかりでなく、空気の浄化作用や癒し効果があることは、改めて言うまでもないでしょう。

しかし大きな木を街中で維持するのは、それほど簡単なことではありません。

「保存樹に指定されると、年間で1本1万円、2本目からは5千円程度の補助が出るんだけど、植木屋さんに剪定してもらうと1本10万円くらいかかるんだよね」とOさん。経済的な負担に加えて、落ち葉の掃除なども大変な作業です。枯れ葉の季節には「朝と夕方の2回は掃除をしないと追いつかない」というほどの量で、その処理だけでも補助金など飛んでしまいそうです。

それでも計画時、木を残すと決めたOさんの選択。そして正面にある木を移動することなく計画を進めた小島さん、さらにその状態で工事をした建設会社。たくさんの人の決断と苦労の末に、このケヤキは立ち続けているのです。訪れたとき、新緑の美しい姿を見せていた1本の木に、多くの人々の思いが見えるような気がしました。

大きなテーブルがつくる三つの居場所

「かさべるで」の間取りを簡単に説明すると、1階は車庫、2階に賃貸のワンルームが2戸。3、4階がOさんの住まいで、3階にLDKと水廻り、4階に子供部屋2室と夫婦寝室という構成です。ちなみに建てたときの家族構成は夫婦+子供二人でした。

「共働きのご夫婦だったのでお風呂、洗面所、台所の配置など家事動線に注意しました」と27年前を振り返る小島さん。その言葉通り、3階ではキッチン、洗面所、浴室が建物の北東側に一直線に並んでいます。

でも3階の玄関を入って、まず目を奪われるのは正面、つまり道路側いっぱいに広がる窓ではないでしょうか。法規制上、階高が十分に取れなかったという室内は、確かに上に伸びやかな感じではありません。しかしその分、正面に広がる光の帯(窓)へと視線はいざなわれます。

また、部屋のコーナーの大きな三角形(台形?)のダイニングテーブルも大きな特徴。キッチンとリビングを分けるために食器棚がしつらえてあるのですが、テーブルはその棚の端につく形で窓側に置かれています。このテーブルの配置によって、ワンフロアの室内に、キッチン、テーブル、リビングと3か所の居場所ができています。「子供たちが小さいときは、そのテーブルで宿題とかしていたなぁ」とOさん。独特の形と配置によって、単なる食事の場ではない、「集まれる」コーナーがしつらえられているといえるでしょう。子供たちにとっても、この窓際の席は、思い出深い場所になっているに違いありません。

竣工時のままの室内が教えてくれる「味」

O邸の内装は、コンクリート打ち放しやシナベニヤなど、かなりざっくりとした感じだからでしょうか、あまり「古い」という印象を与えません。「全部、建ちゃんに任せたんだよな」というOさんのコメントは、当時からの小島さんへの信頼を感じさせます。

「キッチンは、最初は既製品を考えていたんですが、途中で気が変わってつくることにしたんです。工務店に相談したら、それなら大工がつくれるよと言ってくれた。だから、ここのキッチンや棚はみんな大工さんがつくった」(小島さん)ということで、その分、部屋の中に占めるシナベニヤの比率も高まっていて、部屋の「コンクリートと木」という印象を強めているようです。

床はコルクタイル貼りで、ウレタンフォームの貼ってあるパネルを敷き詰めてその上にコルクを貼ってあるため歩いた時に、独特の柔らかい感じが伝わってきます。焼けて、もとより白っぽくなったコルクが、長い時間を物語ってもいます。

床に限らず、壁のシナベニヤも一切再塗装などはしておらず、「忘れたころに拭くくらい(笑)」(Oさん)の手入れで27年。よく自然素材を「時間とともに味が出る」と表現し、「味」とはおそらくその風合いなどをいうのだと思います。しかしO邸内部を見ていると、何年たっても古臭く感じないことも「味」だと思えてきます。時間に負けない、素材の強さがそこにはあるのかもしれません。

「カサベルデ」の暑さ・寒さ対策と快適性

3階リビングは、「風がよく抜ける」(Oさん)とのことで、竣工当初はクーラーを入れなかったそうです。「自然の生活が好きだし、都心にしては周りに緑も多い。どれくらい我慢できるかチャレンジした」のだといいます。結局、「やっぱり夏は暑いんだよね」と数年でエアコンを入れることになりましたが、「今でも昼間はほとんどつけない。夜、少しつける程度」といいますから、エアコンに頼る生活とは程遠い、風通しのよさが想像できます。

暖房は、当初はガスファンヒーターを使い、今はそのエアコン一台で十分。葉を落としたケヤキの枝の間から部屋の奥まで日差しが差し込むことも、温かい理由の一つでしょう。

大きな開口部で、さすがに現在のような複層ガラスではないので結露が気になるところですが、「冬場に料理をしたりすると少し結露はするけど、気にならない」と問題になるほどではなさそうです。もっともこれは、Oさんの大らかな人柄によるものなのかもしれませんが。

ただ、暑さ・寒さ対策が「いい家」をつくる最大条件のように喧伝される昨今にあって、Oさんの話は、特別なこと、大仰なことをしなくても、十分快適な暮らしができることを教えてくれます。「カサベルデ」は、外断熱でもないし、通気層などがあるわけでもないのですから。

エコ対策設備の「壊れない」実績

「カサベルデ」では、屋上が使いたいという希望があったそうです。ただ「屋上はつくったんですが、屋上に上がる階段の面積が十分にとれなくて、すごく急勾配のタラップみたいになってしまったんです。それで、気軽に行ける屋上にはならなかった」(小島さん)とか。

その屋上を利用して設置されているのが太陽熱温水器です。27年前の設置ですから、かなり早いほうではないでしょうか。「当時の温水器は、単純に太陽熱で水を温めて、温まった水を下に降ろして使うというものが多かったんですが、ここではポンプを入れて、ボイラーを経由するようにしました。ぬるい時にはボイラーで少し沸かして使うスタイルです」(小島さん)とのこと。ポンプは何度かメンテナンスが必要でしたが、「太陽熱温水器はシステムが簡単なので、ほとんど壊れることがない」(小島さん)とかで「ガス代はかなり浮いたから、十分、元はとったな(笑)」(Oさん)というくらい貢献してきました。

地球温暖化対策が急がれる現在、エコに対する配慮はますます欠かせないものになっていきます。2008年に太陽光発電の補助金が再開され、エコウィルやエコキュートなど発電設備も注目を集めていますが、温水器も捨てたものではない、と感じさせるに十分な実績を「カサベルデ」ではあげているようです。

ちなみに隣に建てたマンションの屋上は、Oさんの畑になっていていろいろな収穫があるそうです。屋上緑化も楽しみを伴ったエコ対策の一つに違いありません。

 

「かさべるで」データ

建築場所 :東京都新宿区
構造   :鉄筋コンクリート造 4階建て
敷地面積 :101.02u
1階床面積: 47.25u(車庫)
2階床面積: 47.25u(賃貸部分)
3階床面積: 49.85u(住宅部分)
4階床面積: 39.69u(住宅部分)

外部仕上げ:コンクリート打放し、保護塗装
内部仕上げ 床:コルクタイル
      壁:シナ合板クリアーラッカー塗装
      天井:コンクリート打放し、一部シナ合板

 


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