舌癒着の話


 舌癒着症という言葉をご存じだろうか?
 舌が下顎に癒着しているため、気道が狭くなり呼吸が阻害される症状のことだそうだ。
 私がこの言葉に出会ったのは娘が生まれてすぐのことだった。どうもおっぱいの飲みが悪い割には乳を離さない娘。たまたま件の助産院で見て貰ったところ、「舌癒着」と言われた。
 この言葉が曲者なのは、一般世間、特に関西で「症状」として認知されていないことである。医者によっても症状と認識している人もいればまったく問題なしと見ている人もいる。
 一応命に別状はないらしい(あくまでも、らしい)。人によっては乳幼児突然死症候群(千代の富士の子供を襲ったあれ)の一因ではないかと言う説もある。とにかく未だに結論の出ていない、言うならばマイナーな症状なのだ。
 生後間もない子供は言葉を話せない。間違っても息苦しいなどとは言わない。だから状況から判断して行くしかない。泣き声で何を求めているか分かるというのは経験則で、生後間もない子には通用しない。また、それが当然というのは間違っている。根本的に違う場合も多々ある。
 ウチの場合、泣いたらとりあえずおっぱいを口に含ませていた。そうするととりあえず泣きやむ。しかしだからといって飲むわけではない。舌癒着の話で、舌が動かし辛くおっぱいをうまく飲めないがおっぱいを含んでいる状態が一番呼吸しやすい格好なのではという話を聞き何となくそうかなと・・・
 結局、いろいろ調べた末癒着をひっぺがす手術を受けることにした。調べたところ世間では「舌切り雀にしないで」など感情論的なものや、手術によるトラウマの心配など、いろいろな意見がある。どれもいちいちもっともだ。さらに、まったく関係ない人がウチの子の舌を見て「よく動いてるじゃない」などという。こちらはまったく無責任なものだ。世の中は日々進化しているということに気が付いてらっしゃらないらしい。
 しかし、結局私が手術を受けさせることにした理由は、「呼吸の改善」「乳幼児突然死症候群の因子を確率が限りなく低くても取り除く」ことだった。トラウマは克服できるが死んだら終わりだ。おっぱいが上手に飲めるようになるとか、そういうことははっきり言ってこの際どうでも良い。苦しそうな因子や命に関わる因子があるのなら、取り除いてやりたいと思った。そうならなければなんてことはないが、もし万が一の時に後悔したくなかった。
 これはもちろん親の決断である。子供は要求したりはしない。
 手術は局所麻酔でものの数分で終わった。もちろん娘は自分が何をされたのか理解しているはずもなく、終わった後ただ泣き叫んだ。私は必死で一晩中抱っこしてあやしてやった。他の子のようにすぐにうまくおっぱいを飲めるようにはならなかったが、まだ生後2ヶ月にもならない彼女には絶対的経験がないのだからおそらく仕方がないと思った。
 妻は・・・・疲れ果てて寝ていた。当然だ。早朝から丸一日子供の面倒を見て慣れない病院にいたのだから。結局深夜遅くまで娘は泣き叫び、私はそれにつきあった。

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 手術の後、はっきり言ってどう変わったのかはわからない。ただ活発で頭の回転が速いのは確かなようだ。執刀(とは言っても数分だが・・)した医師は「酸素が脳に十分行き渡るから脳細胞が活性化されて賢くなる」と言っていたが、それがどの程度のことなのかは分からない。少なくとも、今のところ元気に育ってはいる。他の子よりも賢くは見えるが、それは私が親だという主観がたぶんに含まれていると思われるので真偽のほどは定かではない。
 そして、かくいう私も同じ手術を受けた。前回診て貰ったところ私(妻も)も少なからず同じ症状があるということだったのだ。私の場合は同時に、「睡眠時無呼吸症候群」の改善のために扁桃や咽頭も一部切除した。検査すると最大80秒ぐらい呼吸が止まっているのだった。
 レントゲンで見ると舌を剥がしただけで明らかに気道が広くなったのが分かる。舌が下顎にくっつくことによって喉の肉?が引っ張られて気道が圧迫されていたのだった。
 術後、しばらくは痛みが続いた。昼は毎食コンビニパスタだった。舌だけ手術した妻は私の分まで鎮痛剤を飲んだ。娘もさぞ痛かったことだろう。それに耐えた娘はきっと強い子に育ってくれるに違いない。
 変わったこととしては、やはりいびきをかかなくなったそうだ。妻も静かになった。そして、関係あるのかどうかは不明だが、決して太ることのなかった私が、このところ過去最高体重を更新している。反面、妻はやはり痩せない。
 結局効果のほどは分からないが、後悔はしていない。これをきっかけに身体についてよく考えるようになった。まわりは何ともとやかく言うものだが、自分の身は自分で守らねばならぬのだと強く感じた。

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