第53回配信・付録
2月19日 マフムート・バカリ証人
しかし翌19日から、被告側の反撃が始まった。ミロシェヴィッチ(以下、被告)は、「コソヴォの戦い600周年祭での演説が、アルバニア人の権限剥奪につながって行った」というバカリ氏(以下、証人)の証言に対して、憲法改訂は演説の3ヶ月前だったことを突く。
被告:あなたは憲法改訂は89年3月28日だったのを知っていますか?
ミロシェヴィッチ政権下のコソヴォのアルバニア人は「アパルトヘイト」を経験した、という証言に対して言葉の定義を要求する。
被告:あなたには国連のアパルトヘイトの定義を読まれることを勧めます。まあいい。次の質問です・・・。
この辺はまだ揚げ足取りのレベルだと言っていいが、被告の質問は次第に「セルビアの抑圧」よりも「アルバニア人民族主義」の強さを誘導する方向に向いた。アルバニア人が企業を解雇された、という証言に対して、アルバニア人従業員が罷業をしたことを言わせ、
被告:つまりコソヴォ共和国を望むアルバニア人労働者が労働をボイコットしたのであって、解雇ではありませんね。(中略)
アルバニア語で話を続けていた証人が被告の挑発に突然セルビア語で声を荒げた時点で、被告の「優勢」は決定的になった。次に被告は、証人が80年代前半共産党官僚として、アルバニア人デモをむしろ抑圧する立場だったことを突く。検察側質問に対する証言の内容とは別に、「証言を信用するに足りない」と判事に印象させるまで証人自身の立場(正当性)を崩して行くのも裁判戦術だ。抑圧していた立場の人間は、「あいつも抑圧していた」とは言えないのが原則なのだから。
被告:81年4月2日のデモ鎮圧に、ユーゴ連邦軍出動を要請したのはあなたではありませんか?
この他にも被告は、証人が前日「(政党などに)非従属の知識人である」と言ったことに対して、実際はコソヴォ右派政党から当選した議員であることを認めさせ、「でも党員ではないんだ」などと苦しい答弁をさせている。また「ベオグラードの大学を出たあなたは私のセルビア語が分かるはずだ。ヘッドホンを付けてしかめ面をしながら同時通訳を聞いていることはないでしょう」とイヤミも少々。もうこうなると被告のペースで、「セルビア人の抑圧などはなかった、アルバニア人には言論の自由もその他の権利もあったのに、アルバニア人の民族主義だけがムチャクチャだったんだ」という方向にどんどん進んでしまった。証人、しどろもどろである。検察官たちはポーカーフェイスを保っているが、内心は穏やかではないだろう。
被告:あなたは90年代、反セルビア民族主義、反ミロシェヴィッチの立場でいろいろな新聞に論説を発表した、と証言したが、それにより何か制裁や不快な経験をしましたか?
証人と、彼をトップに起用した検察側の完敗だった。ベオグラードの各紙誌はおおむね反ミロシェヴィッチ色だが、ミロシェヴィッチ被告の「リード」、検察の戦術ミスを大きく取り上げ、中には「(ミロシェヴィッチは)政治家より弁護士でもやっていた方がよかった」などというものも。「拘置所での情報は制限されていて、バカリが証人として来るなんて知らなかった」と言う被告だが、実際には81年のバカリの発言記録まで準備しており、相当優秀な法曹家チームがバックに控えて密にコンタクトを取っていると推測される。
2月21日 フェヒム・エルシャニ証人
被告:あなたは農業をやる前は市役所の会計をやっていたと言うが、市役所じゃなくて給与支払調整局じゃないですか?
証人はしかし、ひるまずに被告と対決を続ける。
被告:アルバニア国境で身分証明書を取り上げられたというようなことは、昨日の証人は言っていません。あなたは何で取り上げられたんですか?
被告の誘導と挑発にノセられっ放しの政治家バカリ証人よりも、はるかに立派な応戦ぶりだった。被告は証人が公務員だったが免職になったくだりにもう一度話を戻し、年金が100%出ていたなら不当免職ではないことを証明しようとする。
被告:年金は100%支給ですか?
証人、譲らず。最後までミロシェヴィッチ被告に押され負けず、証人席を去る姿も背筋がきちんと伸びた人という印象。一方被告も相手が政治家だろうと農業だろうと手加減なしのガチンコ勝負だ。緊張した質疑を時折中断させて取り持ったメイ裁判長に好感が持てた。現場の目撃証人は大統領の命令・司令を証明出来る立場にはないが、ともあれセルビア人勢力(共和国警察、ユーゴ軍、民兵など)の蛮行をきちんと説明出来たならば被告はそれほど内容には突っ込めない。
2月26日 アグロン・ベリシャ証人
被告:98年6月22日にスーヴァ・レーカから3キロの村でセルビア人警官が殺された事件は知っていますか?
被告:昨日は検察官に対して、空爆被害に関しては何も見ていないと言いましたね。
この証人との質疑は引き分けの感だったが、証人6人目、ミロシェヴィッチ被告の尋ね方が巧妙になってきたのが分かる。今後はいい加減な事実関係しか話せない証人は被告側にやり込められるシーンがあるかも知れない。
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