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短歌

ゆふぐれの空を飛ぶため早蕨は萌えてぐるぐる芽を巻くのです
身を透いて道端にすわるぼくたちに銀杏の黄が舞ひ下りてくる
まんまるい石を沈めた日の午後のざぶろんざぶらざぶるをん海
くれなゐの電気鉛筆削り器にとんぼえんぴつ削られてゆく
なにかしらふるると弛む秋のまひる牛乳瓶のふたがあかない

からからと転がつてゆく石蹴りの石に黄いろい夕日が触れた
土のなかの暗闇の黄をゆつたりと菜の花の根が吸ひ寄せてゐる
はつ夏の妖気を帯びてまっすぐにララララ青い天気雨降る
春女苑の花ひとむらを揺らしてはゆきすぐ風のさりげなきこと
黒橋のたもとで道は息をする草のしなびてゆくにほひがする

ひっそりと道に転がる石ころと枯葉とぼくを風が結んだ
ぎざぎざのかたちに霜を置きながら羊歯の葉が日の光に満ちる
音のない夜にためしてみたいことアロエの棘の露弾くこと
遠吠えの声などすれば三日月が落っこちさうな長い坂道
もそもそと身を捩りつつ蛇花火がしづかに燃えて夜の地を這ふ

海に毛が生えたとしたらもじゃもじゃの波打際は歩きたくない
バリケードからぽとぽと冬日落ちてきたトラメでアグネスチャンを歌った
風の中を走りてゆけばまたもやも白梅咲ける庭に着きたり
拒絶されてゐると言ふこと白梅がまどろこしげに見える日溜り
夏雲の崩れゆくときはらはらと蝶の羽ばたく音聞こえくる

まんげつとぎょうざげじげじ似てるでしょ夜にひょっこり暴れだすのよ
さあさあと雨の降る除夜ごきぶりのかほそきひげが空をまさぐる
笛を吹けば届くだらうか夕されの粟津が原に風ふきたまへ
冬の日のかごめかごめの鬼の子よ隠すな恋のほのかなる思ひ
クレヨンのむらさき色に隠れ棲むつめたきものに睨まれてゐた

あかときのお稲荷さんの参道は鳥居がシェーをしてる気がする
南極に若夏はありペンギンのうんこが融けてほやほやになる
UFOはラップの芯の紙筒で見つめる空にあつまつてくる
ちやぶ台の酒ずるずるとすするくせに末法穢土の穢が書けないの
遺伝子を組み換へましたとたをやかに笑まふ美貌の閻魔大王

宿題がたちまち花火になるといふアラビア魔法のマッチ擦る母
下駄を蹴りてるてる坊主をつるすとき明日はもっと遠くにあった
十六夜の月の蒼さよ小便はきらきらきらきらきらきら海へ
月明かりを内にふふみて落ちるときおしっこは反自我のうごめき
繋がらぬ星を見てゐた小便が海に馴染んで消えてゆくとき

あらぬ方へとんぼが飛んでゆくときも不知火海はおほらかな寂
生きるもの生きざるものの輪郭をほどいた海にぽとり三日月
雨樋を伝はる水の音の輪が見知らぬ夏の地下へ落ちてゆく
蝉の鳴く空が間近に在るそれが窓を隔てたほんとのほんと
テレビから呼出し次郎の声の尾がながながく曳き西日寄せ来る

うつくしくなれた気がする白萩の白に呼ばれたやうな気がする
人をひとり思ひつづける木偶の坊のごつごつの根がまた生えてきた
菜の花の明快な黄あふれ立つ野の道ゆけばわれももののけ
ゆるやかに墜ちゆくごとしぬばたまの夜の窪みをこほろぎが鳴く
バカボンのパパになりたしこほろぎの声がしだいにひび割れてゆく

太陽がぶにょぶにょだから木洩れ日の円周率はすこし大きめ
立て看の粉砕の文字日に焼けて断固せみ鳴く 誰もいない
終はりゆく夏の夕べにぶらさがり南京錠が陽を受けとめる
山際の暮れ合ふときにひとり取り残されてあり人間のかたち
塀の上のでんでんむしにうづまいてぐるぐるまきの雨が落ちてくる

風が波のやうに寄せてくる空っぽになるまでわたしそよいでゐたい
風下の明るい空に小雪舞ふ亡者を慕ふ影のごとくに
石段をかたかたかたとビー玉が落っこちてきて行ってしまった
雪国の夜のやうだわ甘栗は絵具の青の味がするでしょ
おちゃらかな午後の日差しが静まってって青空がほらね止まった


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これらの作品に関する権利を有し責任を負う者、亀井寛敏