| ソウルのプロフィール |
| 東洋有数の大都市・ソウル。しかもこの都会も1932年、高麗王朝の恭譲王から王位を譲り受けた李氏朝鮮の太祖、 李成桂が都を開城から移すまでは一寒村に過ぎなかった。その後ソウルは漢城府といわれ、李氏朝鮮27代、519年間 の王都として繁栄し続け、36年の日本の支配を乗り越え、大韓民国の現在に至っている。 その間、壬辰倭乱(豊臣秀吉の朝鮮出兵を指す)をはじめとして、数多くの戦禍にみまわれた。 なかでも最大のものは、1950年に勃発した朝鮮戦争である。その破壊ローラーはこの美しい古都を2往復して 通り過ぎて行った。しかし現在、近代国家として繁栄し続けるこの都の街角に立てば、そんな過去が嘘のように思えてくる。 (「地球の歩き方」より) |
| ソウルは紛れもない大都会であり、高層ビルが立ち並ぶコンクリートジャングルと、 道にはものすごい勢いで走る車の洪水が続いている。 しかし一歩脇道へ足を踏み入れると、素朴な食堂や平屋の家々がその姿を現し、ほっとした気分にさせてくれる。 ソウル。大都会の中に素朴な一面をも持ち合わせた魅力的な街である。 |
| 明洞(ミョンドン) 韓国の渋谷といったところ。韓国一の繁華街であり、若者向けのおしゃれな店が軒を並べる。 今年の夏の日本のようにキャミソールは流行っていなかったが、若い人達の服装はそう日本と変わらない。 ただ女の子の化粧について言うと、日本の女の子よりも口紅の色が黒紫のような濃い色の人が多かった。 |
| 大学路(テハンノ)> もともとはソウル大学の学生街だったこの地は、キャンパス移転による跡地整備によって形成されたものらしい。 こちらも若者向けのおしゃれな店が多くあるほか、美術関係の施設が多いらしく、芸術の街といった雰囲気が漂っている。 |
| 仁寺洞(インサドン) 我々が根城に選んだ鍾路(チョンノ)の近くにある一本の通りを指す。陶磁器や古美術を扱った店が多く集まっている。 日本と似ているがどこか違う工芸品の品々はとても興味深い。 私はここでキムチ入れの小さな壷を10000W(約1120円)で購入した。 |