私の車道楽履歴



私は小さい頃から戦争映画などが好きで、特に外国TV映画ラット・パトロールに響されて、初代JEEP(MB/GPW)にものすごく憧れていました。
しかし、小学校時代に第一次スーパーカーブームが到来し、JEEPを頭の隅に 追いやって、普通?の車に興味をそそられていました。
中学3年の時、親戚のおじさんがJEEPに乗っていまして、オープン走行を味わってしまったため、JEEP熱が再び燃え上がりました。

1985年


免許取得、しかし当時は、四駆を買うのにお金がなく、15万のカローラレビンを購入し、しばらくはこれで我慢する事に。
このカローラは15万円、現状渡しで買いました。。。
スピードメーターは壊れていて、一般道をメーター振り切りで走れる車でした。(^-^;;
マフラーも穴があいていて、結構、良い音してたなぁ。。(笑
車検を通すのに、20万(車両価格より高いf(^-^;)ぐらい掛けてすべて修理しましたが。。
それと、このレビン珍しい事に、リフトバックなのでした。
この当時のカローラ、レビン&トレノは、ハッチバックが普通でした。TOYOTAの歴史書を見て観ると数少ないながら、レビンでこのタイプが売られていたようです。

1987年

中古のSJ30FKを46万で購入ここから、四駆人生の始まりである。
JEEPに影響されていただけに、色もシリウスグリーンというオリーブドラブを少し明るくした感じグリーンという状態で、子供が見ると”あっ、ジープだ”というぐらいの代物でした。(この当時は四駆=ジープだったんですね)

1988年


SJ30はとても楽しい車でしたが、やはり高速道路を最高80kmでは遠乗りが出来ないので、ビックホーンあたりでも買おうかと思い始めました。
しかし、別れが惜しい....
それでは、最後の思い出に山中湖のペンション茂里に2泊3日で遊びに行く事にしました。
このペンション茂里というのはオーナーが大変四駆好きな人でそれもあって、SJ30君との最後の旅行にしようと決めたのです。
しかし、この旅行は、私の人生の中で大きなターニングポイントとなる物でした。
本当はいろいろ観光、遊園地などに遊びに行く予定でしたが、せっかく来たのだからと、オーナーの計らいでお山を走り回る事に、初めて四駆のすごさに感動し、こんなボッコのジムニーでもこんなに走るんだ、と手放すのを止めた程でした。

1990年


それ以来、ペンション茂里に入り浸りつづけていたある日、オーナーが出物のジムニーがある、買わないか?との悪魔のささやき。
しかし、ななんと、その前にそのジムニーは追突に合い廃車に...
オーナーが気を使って別のジムニーを探しだす間に、SJ30FK君は立派なえくぼが出来てしまい、後に下取り価格が大きく下がってしまったのでした。
新しく私の所に来たJA71ー3型FMは2500kmしか走っていない新古車でしかも幌の車のくせにエアコンまで装備されているではありませんか。
何気なく前の持ち主を見ると、スズキ自販となっている。
それも相模原。んっ、SJ30FKを買ったところではないか、そう言えば廃業しますみたいな葉書が来てたなぁ、ついでに強制保険の名義を見ると、あれ、私にSJ30FKを売ったセールスマンの名前が....
妙な因果関係を感じてしまいました。
この写真は、この先が掘れたヒルクライムになってまして、ランクル80はゆっくり登れたんですが
JA71では、ゆっくりだとエンジンストールしてしまい、今度はダッシュ中のJA71です。

1991年


茂里に出入りしている、JEEPの人がJ57を売りに出すそれを買わないか?と念願、憧れとなっていたJEEPが目の前に・・・
JA71に買い換えたばかりなのに、しかし、念願であったJEEPそれもJ57という事で買ってしましました。
この写真は本栖ハイランドで、泥遊びの写真です。




1993年


念願のジープとすごしてきましたが、ある程度の歳になると人を乗せて走らなければならない状況が増えてきました。
こうなるとジープではどうしようもなく、出来ればもう一台と考え始めました。
そこで、候補に上がったのがデリカでした、これならそこそこ山も走れるし、山走れば変わり者の部類に入るから面白いかも。
しかし、デリカの中古は高いのです。泣く泣くジープを下取りにだし、デリカを購入。
半年ぐらいは落ち込み状態でしたが、デリカで山を走る機会がありまして、それが意外と走るのです。
いままでとは比べ物にもならないくらい、走れるステージは減りましたが、それでもデリカで走るという事に意義を感じ出してから
やっとデリカが好きになったのでした。

1995年

この年待望のコンピュータを購入しました。
そして有無を言わさず Nifty へ、以前から気になっていたフォーラムでFCCVというところへ早速入会して、前期は Nifty猿になっていました。
そこにはなんと、DUC(DELICA User's Club)がありまして、デリカ友の会の輪が広がりはじめました。
後期はDUCと姉妹クラブのFCAMP-DOC(通称FDOC)にも入会して、OFF会などで妙に盛り上がっていました。
このクラブのおかげで、デリカに対する思い入れは一段と強くなってしまいました。

1996年


実は、ジムニーSJ10を購入していました。 しかし、車検が切れて、エンジンも不調、かつ、手元に置いておくことができず山中湖へ置きっぱなし。
3〜4回、これで遊びに行きましたが、車検切れを機会に手放すことにしました。
SJ10は初期型のジムニーで、前後バランスはこちらの方がよく、良い車でした。
私が手放したあと、次のオーナーはSJ10に乗りたいと言う良いオーナーで、ぼろぼろだったボディからエンジンからすべて、直しました。
修理というより、レストアに近いものがあり、新車のジムニーが買えるぐらいお金がかかったようです。
でも、良いオーナーにめぐり合えたおかげで、彼は幸せだと思います。

1998年


日頃のデリカ酷使により、デリカ入院、エンジンオーバーフォールの刑になってしまいました。
それと前後して、乗用車が1台欲しいって、MORIのオーナーに相談しました。
でも、安いのじゃないと買えないと言うことで、4万円でシビックを購入してしまいました。
しかし、これが11万キロ走行のご老体と思いきや、最近タイミングベルトを交換したばかり
乗った感じも、特に問題なし。良い買い物をしたと自画自賛。
これで、維持できるようであれば、お金を貯めてJEEPを再購入したいと
密かに企んでいたりする、今日この頃。(^^;;

1999年


4万円号の次はジープ・・・な〜んて思っておりましたが、仕事とかの足にも使うので、
もう一度、乗用車を買いました。今度は、ちょっと奮発して22万円でインテグラを購入
しました。
グレード的には、4万円号の方が上で、今回はパワーイルウィンドウだし、エアコンも
3段目からしかかからず、ACを入れると、カラカラカラ・・・うるさい。。
修理しないといけないかも。。でも、この車2年、車検がついているので、しばらく乗り
つづけないとね。。。。。
しかし、早くも後ろから追突されてしまった。。(T-T)

2001年


お仕事カー第三弾です、今回はマツダ・ルーチェ(平成元年式)です。
インテグラの車検が切れてしまい、雨漏りもするので廃車、その代わりにルーチェです。
当時のマツダの高級車だけあって豪華装備で、ACにはスイングルーバーが付いていたり、
アジャストサスペンションなどと、ショックの硬さを変更できたり、ABSが付いていたり
当時としては、いろんな物が付いています。
イスもファブリックですが、適度な硬さを持ったものだし、ボード周りは皮っぽい内装。
そして、お約束のウッドパネル。(笑
でも、この車、5MTなんです。
SJ10以来MT車の所有は久しぶりです、とても楽しめそうです。
しかし、またトラブル、右側前輪のホイルキャップが無くなった。(T-T)
これは天が、アルミホイールを買えと言っているのか!??

2001年後半


暫らくは、このページ、UPDATEないと思ってたのですが、後半に入ると、ルーチェくんが雨漏りを 初めした。
暫らくは知らん顔してたのですが、運転席側のキーが壊れたので、ディーラーへ修理に 行きました。
雨も降ってないのに、雨漏りでしてるので、エアコンの除湿がうまく行かないのかなぁ、と言う感じで ディーラーに見てもらいました。
そうしたら、やはり、水抜きのパイプが詰まっていたとの事。
これで安心して乗れると思ったのですが、その後エンジンが不調。
修理に出そうと思って、デリカに乗り換えてみたら、デリカも電装系の不調と、踏んだりけったりでした。
そこで、2台体制はやめて、壊れにくい、壊れても修理が出しやすい、TOYOTA車にしました。
PCのモニターを運ぶとかの運用面を考えて、ワゴン車にそれも、出来るだけ安くという事で、カローラで いいやと思ってみてみると、カローラワゴンってミニバンみたいになってしまったのですね。
そこでカリブはどうなったかみたら、昔のイメージのままでしたので、決定しました。
少しでも安くと言う事で、ATはやめてMTにしました。(7万円も安い)
4WDだけは外せないので、そこから必要最低限の装備車を選びました。
でも、カーナビはカロのやつをつけて、CD−MDステレオと、違う所でお金をかけてしまった。(笑
なかなかいいです。でも、これで、泥んこ遊びは一切出来なくなりました。
余裕が出来たら、遊び用の車も欲しいけど、仕事の機材等必要な物が多いので暫らくはおとなしく・・・
そんな訳で、このページは暫らく更新がないと思います。(本当!?

長々とお付き合いありがとうございます。
また、気が向いたら、UPDATEされるかも知れません。