遺書 最近、右耳の調子がおかしかったので病院に行ったら、どうも大変な事が起きているようだという事になった。医者が言うには耳の鼓膜の奥で血管が破れて血腫ができている可能性があるらしいのだ。もし耳かきの際にでも、それを破ってしまったら大出血を起こして死ぬ可能性まであると言われてしまった。手術が必要らしいのだが、それが非常に難しい手術らしく普通の病院では無理だというのである。さすがにそれを聞かされた日は一日ブルーを通り越してブラックアウトしそうな気分になってしまった。もし僕が死んでしまったら・・・。なんて事を考えてしまって眠れない夜を過ごしてしまった。 Coccoのファーストアルバム「ブーゲンビリア」に「遺書」という作品がある。「私が前触れもなくある日突然死んでしまったら・・・」という歌詞ではじまる哀しい曲だ。この曲の中でCoccoはこう歌っている。「骨埋める場所なんていらないわ。(中略)ひとつ残らず焼いて。そして灰になったこの体を両手に抱いて、風にのせてあの海へと返して下さい。」これは彼女の正直な気持ちを歌ったものだろうと思う。さらに彼女は歌う。「意識さえない病人になって(中略)目覚めないならその腕で終わらせて」と。そして最後には泣いてるような声で「LaLaLa・・・」と歌うのである。仕事の帰りの車の中でこの曲を聞いていたら涙が溢れて止まらなかった。僕はこれまで死というものを意識したことはあまりなかった。若かった頃に自殺を考えたことはあったが、死というものについてそれほど真剣に考えたわけではなかった。せいぜい「もし僕が死んだら誰か泣いてくれるかな」というぼんやりとした事を考えたくらいであった。しかし今回はさすがに真剣に死をいうものを考えてしまっている。そこで僕なりに遺書を書いておこうと思う。たかが耳の手術くらいで遺書とは大袈裟だと思うかもしれないが、万が一がないとは言い切れないと思う。だって全身麻酔だし、もし動脈の腫瘍であった場合は大量に出血して非常に危険らしいのだ。たぶん大丈夫だとは思うが、もしもの事を考えてこの遺書を書いておくことにする。もし僕が死んでしまったら、葬式はひっそりと地味にやってもらいたい。見送ってくれるのは家族だけで充分だ。それ以外の人には申しわけないが遠慮してもらいたい。それからお坊さんは呼ばないで欲しい、当然お経も要らない。ただ僕の好きだった音楽を静かに流してくれればそれだけでいい。やっぱりドアーズを流して欲しい。そして最後は「ジ・エンド」で決まりだ。墓も要らない。骨は適当に散骨してくれればいい。あ、それから、もし死ななくても植物人間になってしまったら、さっさと死なせて下さい。両親、友達、それにこれまでに僕の人生に関わった方々、迷惑ばかりかけてごめんなさい。本当にありがとうございました。てやんでぇ、絶対に死なねえぞ。チたとい・5