愛すること愛されること みなさんはヘルマン・ヘッセをご存じだろうか。今世紀のはじめから第二次大戦後にかけて活躍した、ドイツが誇る詩人であり小説家である。代表作の「車輪の下(に)」は有名な作品なので読まれた方も多いのではないだろうか。ほかにもノーベル文学賞を受賞した「春の嵐(ゲルトールト)」や、若き日の釈迦を描いた「シッダッルタ」などの作品が有名である。いずれの作品も実にロマンに溢れており、一貫した芸術性を備えている。僕は20才くらいのころに、このヘッセの作品をよく読んだ時代があった。きっかけは他愛のないものだったが、「車輪の下(に)」を読み深く感動し、ほかの作品も読んでみたいと思い「詩集」から何から読みあさったのである。そのヘッセの創作童話を集めた短編集に「メルヘン」という本がある。その中に「アウグスツス」という作品があるのだが、僕はこの話しが好きである。ある町にもうじき母親になる一人の貧しい女性がいた。その隣には孤独な老人が住んでいた。女性は子供を産みアウグスツスと名付けた。そこへ老人がたずねてきて母親に「その子のために一つだけ願いをかなえてやる。」と約束をする。母親は悩んだ挙句、「だれからも愛されますように。」と願う。アウグスツスは母親の願い通り美しい少年になり、まわりのすべての人から愛されるようになる。しかし成長したアウグスツスは、自分が人から愛されることを利用するようになっていく。そしてたくさんのお金と地位を得るが、人を愛することができずに心の中は空虚になっていった。そして疲れ果てたアウグスツスは、ついに自ら命を絶とうとするが、そこへ老人が現われて、アウグスツスに「もうひとつだけ願いをかなえてやろう。」と話す。アウグスツスは「これまでの願いを取消して、人を愛せるようにして下さい。」と願う。願いはかなえられるが同時に彼はそれまでのお金や地位、愛人を失い囚われの身となる。それでもアウグスツスは、まわりの人を愛することができるようになったことに幸福を感じ精神的にやすらかな余生を送ることができた。というのが大まかなあらすじである。下手な文章で原作のすばらしさが伝わらないと思うので原作を読まれることをお薦めする。この作品は愛されることの幸福と不幸を意義深く掘り下げた作品であり、マタイ伝の「幸いなるかな、心の貧しき者。天国はその人のものなり。」という言葉を実に見事に描いた素晴しい作品だと思う。人は愛するよりも愛されたいものだと思う。そのほうが楽だから。そういう僕も以前は「愛が欲しい」と思っていた。どこかに「愛してくれる人はいないものか」と考えていた。けれど真の幸福は人を愛してこそ得られるのではないだろうか。だれも自分を愛してくれないと嘆いている人がいるとしたらその人に言いたい。「愛されることを望む前に、人を愛しなさい」と。