危ない季節 僕は数年に一度、理由もなくハイな気分になる時がある。大抵、季節は春であることから考えると、ちょっと危ない種類の人間なのかもしれない。その時も3月の中旬であった。僕は就職のため上京することになり、会社が手配してくれたブルートレインに地元の駅から乗り込んだ。列車が県境を越えるあたりまでは、自分の席に座りセンチメンタルな気分で窓から見える風景を眺めていた。しかし、しばらくすると何だか気分が高揚してきたので、何か面白いことはないかなと思いきょろきょろし始めた。すると僕の席から少し離れたところに同年代の女性の2人組がいることに気付いた。僕は居ても立っていられず、自分の席を離れその女性らに話し掛けた。断っておくが普段の僕は、自分から見知らぬ女性に話しかけるなんてことはできない気の小さい人間である。しかし、この時は全然平気で話し掛けることが出来たのである。彼女らは僕と同い年で、これから東京へ遊びに行くところだということだった。しばらくその場で世間話しをしていたが、2人とも僕にあまり興味がないみたいだったので、「じゃあね。」と言って、その場を離れた。それからもっと人と話しがしたくなったので、誰かいないかなあと思い隣の車両へと移動した。車両の真ん中あたりまで進んだところで、ヘッドフォン・ステレオを聴いている髪の長い女性を発見した。彼女は窓の外を眺めながていたので、僕が傍まで行っても気が付かないみたいだった。ここで隣に座って痴漢行為を・・・なんてするわけはない。僕は彼女に聞こえるように「あのー、何を聴いているんですか?」と話し掛けた。彼女は怪訝そうな顔でヘッドフォンを外してこちらを向いた。僕は悪い印象を与えないように笑顔で、「ごめんなさい。邪魔しちゃったようだね。」と誤った。それから「少し話しでもしない?」と聞いてみた。彼女は少し恥ずかしそうな素振りを見せたが、にっこり頷いてくれた。よく見るとなかなかかわいらしい子で僕のタイプだった。それから彼女の隣に座って話しをした。彼女も僕と同い年で、東京の世田谷に住んでいることや、九州のおばあさんの家に遊びに行った帰りであることなどを聞いた。それから初めて会ったばかりなのに、まるで以前からの親しい友達みたいに楽しく話しをした。しかし、1時間くらいたったところで彼女の隣の席に人が乗り込んできたので仕方なく彼女の席を後にした。自分の席へ戻ってから「明日になったら、絶対彼女の連絡先を聞くぞ」と心に誓った。ところが・・・翌日の僕は普段の自分に戻っていた。結局、彼女とは東京駅で軽く挨拶をしただけで別れてしまった。東京の地理に疎かった僕は、自分がこれから住む川崎市と、彼女の住む世田谷とはとても遠いと思っていた。僕の住んだ高津から、彼女の住む桜新町まで、田園都市線でわずか4駅しか離れていないことに気が付いた時にはもう遅かった。せめて名前だけでも聞いて置くんだったと後悔する日々が続いたのはいうまでもない。そろそろまた春が近づいている。今年はハイになるんだろうか?