僕が僕であるために 先月で32歳になった。正直言って、こんなはずじゃなかったというのが本音である。10年くらい前に僕が描いた将来像では32歳では立派な大人になっているはずだった。当然、結婚していて子供がいて仕事もバリバリこなし社会人としても家庭人としても落ち着いた人間になっている予定であった。ところが相変わらず独身だし、それどころか彼女さえもいない。(ああ情けない)仕事も中途半端だし(といったら勤めている会社に怒られそうだが)、落ち着きはないし自分勝手だし、とても立派な社会人とは呼んでもらえそうもない。どこで間違えてしまったのだろうか?先日、NHKで尾崎豊の特集番組を放送していた。途中から見たので番組の内容はわからなかったが、尾崎が詩を口ずさんだりライブの映像や歌詞が紹介されていた。とても懐かしくなり着替えの途中でTVの前に座りこみ番組に見入ってしまった。それを見た翌日から私の車の中で聴く音楽は尾崎に決まった。朝と夜、片道20キロの通勤の車の中で尾崎の歌を聴きながら一緒に歌う日々が続いた。そしていてもたってもいられなくなり、CDショップで尾崎のCDを購入した。昨年の暮れに発売された「 MISSING BOY」というアルバムである。彼のライブトラックの中から厳選されたベストトラックを集めたもので、変則の2枚組みであった。CDをセットし一曲ずつ歌詞を見ながら聴いた。ほとんど何度も聴きこんだ曲ばかりなのだが、スタジオテイクと違いライブでは尾崎の歌声がより身近に感じられた。「I LOVE YOU」や「卒業」といった懐かしい曲も改めてじっくりと耳を凝らして聴いた。そして「Forget−me−not」が流れた途端に、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。何故だか分からないのだが、涙が次から次へと溢れてきて頬を濡らした。ついには鳴咽しながら泣いてしまった。こんなに泣いたのは何年ぶりだろう。多分、尾崎の歌声が僕の心の鐘を鳴らしてしまったのではないだろうか?落ち着きを取り戻してから、アルバム1枚目の最後の曲「僕が僕であるために」を聴いた。この曲は尾崎のデビュー作「17歳の地図」のラストを飾る曲で、大好きな曲のひとつである。「僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない。 正しいものは何なのか、それがこの胸にわかるまで」と尾崎は力を込めて熱唱していた。現在の僕はどんな人間になるべきなのか、正しいものが何なのかわからない。けれど自分を見失ってはいけないと思う。周囲の声や世間体というものに縛られてはいけないと思う。僕が僕であるために勝ち続けなきゃいけない。яェ・