人間失格 これまでに読んだ本で人生に最も影響を与えた作品は何かと尋ねられたら、僕は太宰治の「人間失格」であると答える。この作品と出会ったのはもう10年近く前になる。悩み多き10代を過ごしていた僕は書店の棚に置かれた「人間失格」というタイトルに導かれるようにこの本を買った。そして寮の自分の部屋の中で一気に読んだ。読み終えると、暗い惨たんたる気持ちになりとても悲しかった。まるで僕の今後の姿が描かれているような気がしたからである。主人公の葉蔵と僕が非常に似ていたからだ。「僕もひとつ運命が狂えば葉蔵と同じような運命をたどるのではないか。」「僕のような人間が生まれてきたこと自体が罪ではないか。生きていていいのだろうか。」といったことを真剣に考え悩んだ。それから太宰の作品を次々と読んだ。太宰のデビュー作品に「思い出」という短編がある。「人間失格」に比べると素直な文章で自身の幼い頃からの思い出が綴られている。そこに描かれている主人公の物の考え方、行動は驚くほど僕と同じだった。例えば好意を寄せている女性が僕の方を見ていると感じた時にわざとよそを向いて無視したり(そうすることで相手の気を引こうと思っている)、僕からはアプローチせずに相手が打ち明けてくるのを待つところなどは全く同じであった。読めば読むほど太宰と僕との共通点ばかりが浮かびあがり、僕は死ななければいけないとさえ思うようになった。そして太宰と同じように遺書として小説を書こうと思い、ノートに稚拙な文章を書き綴った。この頃の僕はとても暗かったと思う。痩せ細り髪を伸ばしいつも下ばかり向いて歩いていた。いまでも僕は根本的には暗い人間だと思っている。しかしもう10代の頃のようにくよくよと悩むことはなくなった。どんなに状況が悪くても、あの頃に比べればまだましだと思えるからである。「人間失格」の最後で廃人となった主人公の「幸福も不幸もありません。ただいっさいは過ぎていきます。」という言葉がある。いまでもこの言葉が何故か心の片隅に残っていて、ときおり思い出したように出てくることがある。おそらくこれが僕の人生観ではないだろうかと思ってみたりもする。もし、そうであるならばあまりにも寂しいと思う。