無人島と一枚のレコード もし、僕が無人島に一人きりで住まなければならなくなったとしたら。そしてその時に一枚だけ好きなレコードを持っていっていいとしたら。僕はジョン・レノンの「ウォール・アンド・ブリッジ」を選ぶだろう。ビートルズの「アビイ・ロード」も捨てがたいし、スプリングスティーンの「ボーン・トゥ・ラン」、ドアーズの「太陽を待ちながら」、ジャニス・ジョプリンの「パール」もとても大好きなアルバムだし、何枚でもいいと言われれば数十枚、いやもっと持って行きたいが一枚だけだと限定されるとジョンのアルバムになる。ジョンの作品はいずれも聴きこんだものばかりで甲乙つけがたいが、無人島でひとりぽっちというシチュエーションだと、この「ウォール・アンド・ブリッジ」に決まる。このアルバムにはエルトン・ジョンとの共演でヒットした軽快なロックン・ロール・ナンバーの「真夜中を突っ走れ」や、不思議な感覚の「#9・ドリーム」、哀愁に満ちたバラード「枯れた道」など名曲・佳曲が多く収録されている。バラエティに富んだ内容で元気になったり、心地好くなったり、泣けたりする曲が絶妙のバランスで収録されていると思う。特に事実上のB面最後の曲(本当の最後の曲は幼いジュリアン・レノンと共演した「YaYa」)「愛の不毛」は最高に好きな曲だ。特にサビでジョンがシャウトする部分を聴くと涙が出てくる。ジョンが他のアーティストと決定的に違うのは、リスナーとの距離の近さだと思う。これほど自分の近くに感じられるアーティストは他には見当たらない。ジョンの曲を聴いていると、まるで自分に向かって直接歌ってくれているような錯覚に陥ることがある。とくにジョンのバラードは心に直に訴えてくる。ポール・マッカートニーのバラードも素晴らしい曲が多いが、この二人の違いはポールのバラードはとても洗練されていて美しいが、ジョンのバラードは洗練されていず、どこか人間臭さを感じさせる点だと思う。このアルバムを録音した当時、ジョンはオノ・ヨーコとの関係がうまくいかず不安定な精神状態であったという。そのせいなのだろうか「愛の不毛」を歌うジョンの声は、愛に飢え震えているように感じられる。「マザー」の最後で「母さん、いかないで。父さん、戻ってきて」と何度も何度も訴えるジョンとは、違う意味での愛情を求めているように聞える。まあ、本当に無人島にひとりきりになったら、一枚のレコードより一個のおにぎりや一杯の水の方が大切になるんだろうけど。たまにはこんな事を考えてみるのも如何なものかと思う。