昔の私はいまいずこ たとえば恋愛問題とかで悩んだ時に、頭の中を冷静にするために音楽を聴くことがある。僕の場合、そういうときには決まってジャパンを聴くことになる。とくに「ナイト・ポーター」と「ゴースツ」がそういう場合の定番である。「ナイト・ポーター」は僕がジャパンを好きになったきっかけとなった曲で、ピアノの音色とデヴィッド・シルヴィアンの低く太いヴォーカルが絶妙なバランスで心にしみこんでくる名曲だ。はじめて聴いたときの印象はただ暗い曲だなと思っただけだったが、繰り返し聴いているうちにある日突然、心を強くうたれ涙が止まらなくなった想い出がある。別に何が悲しかったというわけでもないが心の奥底に隠していた僕の感じていた孤独感、絶望感といったものとこの曲とが共鳴したのかも知れない。「ゴースツ」も真っ暗な部屋の中で一人でぼんやりとどこか遠くを見つめているような感じがするそんな曲だ。そして某ML誌でシルヴィアンの写真を見たときに、なんとなく納得したのを覚えている。僕も小さい頃から女の子みたいとよく言われ、十代までは少しは美少年に近かったと思っている。(現在ではまるで想像もできないが、よく本田恭章に似てると言われていた)その頃からジャパンが解散し、シルヴィアンがソロになってからもずっと彼の音楽に耳を傾けていた。彼は「自分の体は、頭から上だけあればいい。」と言ったらしいが僕も同感である。肉体があるから人間は食欲だの性欲だのに支配され、殺人や戦争を繰り返すのではないか。頭だけしかなかったら、もっと無欲で精神的な生活ができるのにと考える。僕も食欲や性欲がなければ、恐らくまったく違う人間になれていただろうと思う。美少年だったシルヴィアンもいまや渋い男へと成長した。僕は年齢だけを重ね、たるんだ頬に無精髭がだらしなく伸びているおじさんになろうとしている。こんなはずではなかったと考えながらも、鏡を見て白髪を見つけては抜く歳になったんだと改めて思った。