バンド時代 高校生の頃、バンドを組んだことがあった。当時はデュラン・デュランやカルチャークラブといったニューウェイヴと呼ばれる音楽がブームでヘビーメタルもちょっとした盛り上がりを見せていた。3年生の秋、仲間内で3年に一度の大文化際を前にバンドをやろうという話しになった。バンドを組むのは問題なく決まったが、グループ名を何にするかでモメてしまった。結局「ジェラルディーン&ピストネス」というよく解らない名前になった。ジェラルディーンというのはラウドネスの曲のタイトルでピストネスは造語であった。別にジェラルディーンという人がメンバーにいたわけではない。さらに何を演るかといういうことでまたモメた。ギターとボーカルはヘビ・メタ派で、ベースはニューウェイヴ派、ドラムはYMO少年、キーボードの僕はとにかく自分が目立てば何でもよかった。結局、デュラン・デュランとゲーリー・ムーア、デフ・レパード、MSG、ラウドネスを演ることになった。練習は学校が終わってから八王寺通り沿いの小さなオンボロのスタジオを借りて行ったがギターを除いては技術が殆ど無いためにおのおのが自己主張するだけの世界であった。それでも当日は大きな失敗もなく無事にステージをつとめることができた。僕もわがままを言ってデフ・レパードの「フォト・グラフ」を歌わせて頂きおおいに緊張した。あとで友達に「思ったより音痴じゃないね」という喜んでいいのかわからない言葉をもらった。文化祭限りの予定であったが、いつまにか次のステージを決めてしまいバンドは続いていった。今度は会場もライブ・ハウスを借りて他の2組みのバンドとジョイントで有料のライブを演ることになった。グループ名も「ライジング・フォース」と改めた。ちなみに僕の提案が通ってうれしかった。練習場所も楽器店のスタジオを借りて行った。知らない女の子達が練習を見せてくれというので見せてあげたが僕は緊張して上手くできなかった。当日はほとんどの客が3つのバンドの知り合いばかりであったが50人くらいは集まったと思う。めいっぱいのオシャレをして、ちょっとだけ化粧してステージに立った。何だかスターになったみたいで気持ち良かった。知り合いの女の子達にメンバーの中でだれが一番かっこいいか聞いてみたら一人をのぞいてベース(こいつは身長が182cmあってよくもてた)に人気が集中した。でも一人だけ僕がいいといってくれたのでうれしかった。この時彼女の顔を見ることはできなかったが、彼女の兄さんがよく行く楽器店で働いていてゲーリー・ムーアと影で呼ばれていたので、女装したゲーリー・ムーアを連想してしまったのを覚えている。それからもう一度、同じ場所でライブを演って卒業と共にバンドは解散した。社会人になって何度かバンドを組もうとしたが、メンバーが集まらず断念し今日に至っている。いつの日かまたバンドを組みたいと思う。たとえ太ったおやじになろうが、ぼけたじじいになろうがやりたいと思っている。その時は絶対、ジョンとドアーズを演ろうと思っている。グループ名はきっとまたモメるだろうが、わがままをいってこれに決めたいと思う。その名は「ジ・エンド」。