あるエンジニアの死 僕が現在の仕事であるコンピュータの世界に入ったのは1987年のことである。日本がバブルの絶頂を迎えていた頃のことである。高校卒業と同時に上京し就職した向上を辞め、とにかく仕事をしなきゃという状況で求人誌でたくさん人を募集している業種であるソフトウェア業界で高卒以上、未経験者歓迎という会社を選んで応募したのであった。その中で一番最初に面接を受けた会社(当時は渋谷、現在は代々木にある)で、そこの社長がたまたま熊本出身の方で幸いにして拾ってもらったというところである。その会社で全くの素人であった僕に一から教えてくれた先輩の一人に渡部さんとい人がいた。僕より2つくらい年上で山形の鶴岡出身で聞くところによると薬屋さんの子息ということだった。普段はとても優しく、時には厳しく指導してもらい半人前だった僕も何とか一端のプログラマになることができた。その後、先輩はカナダへ旅をするという理由で会社を去ったのだが、カナダから戻ってくるとフリーのエンジニアとしてまた会社に現れた。そしてある程度の資金をためるとまたカナダへと旅だって行った。それからしばらくして戻ってきた先輩は別の会社に就職したために会うことがなくなった。そのうち僕も会社を辞めて熊本へ戻ったのでそのまま音信不通になっていった。ところが,昨年のことだが、会社でファイアーウォールについてネット上を検索していた僕は掲示板に書き込みされたある名前に気がついた。そこには渡部という姓しか書かれていなかったのだが、メールアドレスにはkitaroとあったのだ。なぜkitaroが気になったのかというと、先輩のニックネームがきたろうだったからである。これは偶然ではないと思った僕は、もしかしたら・・・と考えてメールを送ってみた。「ビンゴ!」同一人物であった。何回か近況などをやり取りするうちに、先輩さんがこの業界で少しは名の知れたの人になっていたことがわかった。僕も知っていたメールソフトの作者だったことも。僕はたびたび仕事で上京するので、今度、時間があったら会社へたずねる約束をした。しかし・・・たしかに上京はするのだが、いつもぎりぎりで羽田に駆け込むという状況でなかなか先輩をたずねることができなかった。そして半年ほど経過した昨年の秋のことである。川崎へ出張したのだが、めずらしく時間ができた僕は本屋へ向かった。何か仕事に役立つ本はないか?と探していると、一冊の本が目にとまった。「電子メールプロトコル」という本である。棚から取り出してパラパラと目を通すとメールに関することがかなり詳細に書かれており、これは買いだなと思った。そこでふと表紙を見ると、そこには 先輩の名前があった。「おぉ!またご活躍だな。」と思って、本の最後の監訳者の紹介欄に目を通した僕は、その場で固まってしまった。そこには紹介のあとに2000年6月永眠とあったからである。「何?!」、他に情報がないかと思って前書きに目を通すと、そこには故人に感謝したいという記述が・・・。そういえば夏に暑中見舞いのメールを出したのに返事がなかったことを思い出した。「まさか・・・亡くなっていたなんて・・・」僕はその本をレジへと持って行った。その日は、それからも仕事があったのだが、それ以降は全然仕事に集中できなかった。ただ、この本は先輩の残してくれた本なのだから、ちゃんと読んで理解しなきゃいけないと自分に言い聞かせていた。その後、ネット上で調べてみたのだが、どうやら交通事故で亡くなられたとのことであった。家庭もあり子供さんもおられて、仕事も絶好調でこれから!という時期であっただろうに。人生とはなんて残酷なものであろうと改めて思った。僕は先輩に比べればまだまだ未熟である。電子メールプロトコルも全部読んだのだが、まだまだ身についていない。しかし、部下を持ち、若いエンジニアを育てていく立場である。現在の僕のエンジニアとしての基礎作りに影響を与えてくれた先輩のことは一生忘れないと思う。「なおちゃん。どうもありがとう。そして安らかに眠ってください。」渡部直明氏のご冥福をお祈りいたします。