もう一人の僕

 僕が最初に勤めた会社の同期入社の中にM田君という人物がいた。
彼は青森出身で背が高く色白でキリッとした顔立ちの青年であった。
ある日僕は当時付き合い始めたばかりの彼女に「友達がM田君の事、好きみたいなの。」
という話しを聞かされ「誕生日と血液型を聞いてくれない。」とお願いされた。
内心「どうして女の子は誕生日と血液型が好きなんだろうな?」と思いながらも
「ああ、いいよ。」とOKした。
その日の夜に寮の風呂で偶然M田君と一緒になった。
チャンス!と思った僕は彼が体を洗っている隣に座り自分も体を洗いながら
「M田、あのさぁ、誕生日いつ?」と尋ねた。彼は何でそんな事聞くんだといった顔をしたので
「あ、いや、ある女の子から頼まれちゃったんだよね。それで・・・教えてくんない。」と追加した。
彼は「12月9日だ。」と答えた。僕は驚いた。僕と同じじゃないか。
これまで身近に同い年で誕生日が同じ人間と出会ったことがなかった僕は、
途端に彼に親近感が湧いてきた。
「へぇ。俺と同じだぁ。」「そうかぁ。」という会話のあと
血液型も聞かなければいけなかったことを思い出し
「あ、そうそう。血液型は何?」と尋ねた。
「血液型?ABだぁ。」
僕はまたまた驚いた。血液型も僕と同じだったのだ。
誕生日が同じ確率は365分の1で、血液型がAB型となるとその10分の1である。
ということは両方同じである確率は3650分の1ということになる。
さらに僕と同い年の人間はたしか約200万人いるはずなので男性はその半分で約100万人。
100万人×3650分の1は約274人となる。
つまり全国でS.40年生まれの男性で、誕生日が12月9日で、血液型がAB型の人間は
274人しかいないはずなのに、そのうちの2人が今、ここに揃っているのだ。
何という偶然だろうと僕は思った。
翌日、彼女に「どうだった?」と聞かれ時に「俺と同じ。」と答えたら、すぐには信じてもらえなかった。
この時期、何故だかわからないが僕とM田君は同期の女子社員に人気があったようだ。
そして人気がなくなったのもほぼ同じ時期であった。
あまり彼とは直接話しはしなかったのだが、お互いに共通の友達がいたので、
その友達から近況を聞いていたのだが、僕と同じように女性と縁のない日々を送っていたようだ。
そんなある日、寮の風呂で偶然M田君と2人きりになった。
そこで彼は「俺ぁ、会社さ辞めんだ。」と話し出した。
「何で?」と理由を尋ねると「このままじゃ、結婚さ出来ねえもんな。」と答えた。
「そうだよなあ。」と僕は納得した。
「辞めてどうすんの?」と尋ねると、
「青森さ、戻ってタクシーの運チャンでもやっかぁ。あはは。」と彼は明るく笑った。
実は僕もその頃、会社を辞めて熊本へ戻ろうか真剣に考えていたので
彼の気持ちが手に取るようにわかった。
風呂から上がって別れる時に「頑張れよ。」と彼に言った。
そしてそれはまた、自分へ向けられた言葉でもあった。
数日後、彼は会社を辞め青森へと帰って行った。

いまでもニュースとかで青森の事をやっていると彼の事を思い出すことがある。
もうひとりの僕は元気にしているだろうかと。
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